十訓抄 第三 人倫を侮らざる事 ====== 3の5 ある所に女房あまた居て箏弾くに琴柱の走りて失せたるを・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== ある所に、女房あまた居て、箏弾くに、琴柱(ことぢ)の走りて失せたるを、さるべき男もなければ、宿直人の見ゆるを呼びて、「かの前栽の中に、楓(かへで)の木、二股に、これほど、しかじか、切りて来(こ)」と細かに教へてやりつ。 「はかばかしきことあらじ」と言ふほどに、切りて持て来にけり。簾のもとによりて、「このかり琴柱((雁琴柱・仮琴柱))、参らせ候はん」と言ひ出でたるに、思はずにあさましくて、「細々と教へつる、いかにをこがましく思ひつらむ」と、恥ぢあへりけり。 ===== 翻刻 ===== 或所ニ女房アマタヰテ箏ヒクニ、コトチノハシリテ失 タルヲ、サルヘキ男モナケレハ、トノヰ人ノミユルヲヨヒテ、彼 前栽ノ中ニカヘテノ木二俣ニ是程シカシカキリテコト/k117 細ニ教テ遣リツ、ハカハカシキ事アラジト云程ニ、切テモ テキニケリ、簾ノモトニヨリテ、此カリコトチ参セ候ハン ト云出タルニ、思ハスニ浅マシクテ、コマコマトオシヘツル、イカ ニオコカマシク思ツラムト、恥アヘリケリ、/k118