十訓抄 第三 人倫を侮らざる事 ====== 3の4 伏見修理大夫俊綱の家にて人々水上月といふことを詠みて講じけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 伏見修理大夫俊綱((橘俊綱))の家にて、人々、「水上月」といふことを詠みて講じけり。時に、田舎より上りたる兵士、中門の辺にて聞きけるが、青侍を呼びて、「今夜の題をこそ、つかまつりて候へ」と言ふ。侍、「興あることなり。いかに」と問へば、   水や空空や水とも見え分かずかよひてすめる秋の夜の月 侍来て、この由を申す。人々((底本、「本ノ人々(印本)」とある。))、驚き讃めて、詠吟して恥ぢあへりけり。 同人、播磨へ下りけるに、高砂(たかさご)にして各歌詠む。大宮先生義定((藤原義定))といふ者の歌に、   我のみと思ひこしかど高砂の尾上(おのへ)の松もまた立てりけり 人々、感じあへり。 良暹、その所にありて、「妻牛に腹突かれぬるわざかな」とぞ言ひける。 ===== 翻刻 ===== 伏見修理大夫俊綱ノ家ニテ人々水上月ト云事ヲ 読テ講シケリ、時ニヰナカヨリ上タル兵士、中門ノ辺 ニテ聞ケルカ、青侍ヲヨヒテ今夜ノ題ヲコソ仕テ候 ヘト云侍ヒ興有事也、イカニトトヘハ/k116 水ヤ空空ヤ水トモミヱワカス、カヨヒテスメル秋ノ夜ノ月、 侍来テ此由ヲ申ス、  オトロキホメテ詠吟シテ恥ア ヘリケリ、同人播磨ヘ下ケルニ、高砂ニシテ各哥ヨム大宮 先生義定ト云モノノ哥ニ、 我ノミト思ヒコシカトタカサコノ、オノヘノ松モマタタテリケリ、 人々感アヘリ、良暹其所ニ有テ、妻牛ニハラツカレヌ ルワサカナトソ云ケル、/k117