十訓抄 第二 驕慢を離るべき事 ====== 2の3 昔人の心の曲れるを恨みてつひに滄浪の水に沈み・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、人の心の曲れるを恨みて、つひに滄浪の水に沈み((屈原を指す。))、世の政の正しからぬを厭(いと)ひて、首陽の雲に入りし人((伯夷・叔斉を指す。))あり。 これ、諫(いさ)むべきを見て諫め、退くべきを見て退けるたぐひなり。その性、寒氷よりも潔くして、懐寵尸位の喩へを離れたり。 『孝経』諫論章いはく、 >三諫不納則奉身以退。有匡正之忠、無阿順之従、此良臣節也。若乃見可諫而不諫、謂之尸位、見可退而不退、謂之懐寵。 たれ、これを「へつらへる臣」といひし。 しかるに、橘倚平が詩に、   楚三閭醒終何益   周伯夷飢未必賢 といひて、なほ、時にしたがはぬ振舞ひを謗(そし)れり。いはんや、賢才にあらずして、もし人として、世に立ちてまじはらん輩(やから)、かたく恐れ慎むべきものをや。 すべて、高くとも危ぶみ、盈(み)てりとも溢(こぼ)さざれとなり。 ===== 翻刻 ===== 昔人ノ心ノマカレルヲ恨テツヰニ滄浪之水ニ沈ミ世ノ 政ノタタシカラヌヲ猒テ、首陽ノ雲ニ入シ人アリ、是諫 ムヘキヲ見テイサメ退クヘキヲミテ退ルタクヒ也其 性寒氷ヨリモ潔クシテ懐寵尸位ノ喩ヲ離レタリ、 孝経諫論章云、三諫不納則奉身以退、有匡正之忠無阿順之 従、此良臣節也、若乃見可諫而不諫謂之尸位、見可退而不退謂 之懐寵、誰此ヲ諂ル臣ト云シ、然橘倚平詩/k106 楚三閭醒終何益 周伯夷飢未必賢 ト云テ猶時ニシタカハヌ振舞ヲソシレリ、況ヤ賢才ニ非 スシテ若為人世ニ立テマシハランヤカラ堅ク恐ツツシムヘ キモノヲヤ、スヘテ高トモアヤフミ盈リトモコホササレト 也、/k107