十訓抄 第二 驕慢を離るべき事 ====== 2の2 おほかた世にある道のわづらはしく振舞ひにくきこと・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== おほかた、世にある道のわづらはしく、振舞ひにくきこと、薄氷を踏むよりもあやふく、けはしき流れに棹さすよりも、はなはだしきものなり。 荘子、山を過ぎ給ふに、木を切る者あり。直(すぐ)なるをば切りて、ゆかめるをば切らず。また、人の家に宿り給ふに、雁二つあり。主、よく鳴くをば生け、よく鳴かざるをば殺しつ。 明くる日、弟子、荘子に申していはく、「昨日、山中の木は、直(すぐ)なるを切りて、ゆがめるをば切らず。また、家の二つの雁は、よく鳴くをは生け、鳴かざるをば殺しつ。よき木も切られ、よく鳴かざる雁も殺されぬ」と申せり。荘子のいはく、「世中のためし、これにあり」と答へ給へり。 かかるにつけても、よく驕慢((底本「憍慢」。以下すべて同じ。「憍」は「驕」の異体字。))を捨てて、身をつつしむべしと見たり。 文集((白居易『白氏文集』))詩にいはく、   木雁一篇須記取   致身材与不材間 とあるはこれなり。 また、陸士衡((陸機))が((底本、「陸士衡カ加」。衍字と見て訂正。))文賦には、   在木闕不材之質   処雁乏善鳴之分 ともあり。 また、藤原篤茂か長句にも   昨日山中之((底本「之」なし。))木 材取於己、   今日庭前之花 詞慙於人 ===== 翻刻 ===== 大方世ニアル道ノワツラハシク振舞ニクキ事、薄氷ヲ 踏ヨリモアヤウク、ケハシキ流ニサホサスヨリモ甚キ物 ナリ、荘子山ヲ過給ニ、木ヲ切モノアリ、直ナルヲハ切テ/k104 ユカメルヲハキラス、又人ノ家ニヤトリ給ニ雁二アリ、主 ヨク鳴ヲハ生ケ能鳴サルヲハ殺シツ、明ル日弟子荘 子ニ申云、昨日山中ノ木ハスクナルヲ切テユカメルヲハ キラス、又家ノ二ノ雁ハヨク鳴ヲハイケ鳴サルヲハ殺 シツ、吉木モキラレ能鳴サル雁モ殺サレヌト申セリ、荘 子ノ云、世中ノタメシ此ニアリト答給ヘリカカルニツケテ モ能憍慢ヲステテ身ヲツツシムヘシト見タリ、文集詩 云、 木雁一篇須記取 致身材与不材間 トアルハ是也、又陸士衡カ加文賦ニハ、/k105 在木闕不材之質 処雁乏善鳴之分 トモアリ、又藤原篤茂カ長句ニモ 昨日山中木材取於己、今日庭前之花詞慙於人/k106