十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の55 法性寺殿皇嘉門院を具し参らせ給ひて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 法性寺殿((藤原忠通))、皇嘉門院((藤原聖子))を具し参らせ給ひて、宇治へ入り参らせ給ひける時、宇治川のはた近く、女房の車を悪しくやりて、打ち返したることありけり。 いみじきさはぎにて、女房、あるは小袖に袴ばかり着て、脱げて落ちたり。あるは額を突き欠きなどして、おのおの心も失せて、あるにもあらぬ気色なるに、美作といふ人の、衣着ながら落ちて、扇をさし隠して、いみじけに居たるだにあさましきに、殿の御輿をつかはして、一人づつむかへ給ひけるに、美作、乗るとて、「不祥とや申すべき、栄耀とや申すべき」と言ひて、気色ばみたりけるに、よろづの人、あさましきことに言ひけり。 いらなさも折によるべきものなり。これはさし過ぎたるにはあらねども、上手めき、にくいげしたるすぢも同じことなり。 この美作は、武蔵といふ経読みの娘なりけり。 ===== 翻刻 ===== 法性寺殿皇嘉門院ヲクシマイラセ給テ宇治ヘ 入マイラセ給ケル時、宇治川ノハタ近ク女房ノ車ヲ アシク遣テ打返シタル事有ケリ、イミシキサハキニ テ、女房或ハ小袖ニ袴ハカリキテヌケテ落タリ、或 ハ額ヲツキカキナトシテ各心モウセテ、有ニモアラヌ 気色ナルニ、美作ト云人ノ衣キナカラ落テ、扇ヲサ シカクシテ、イミシケニ居タルタニ浅マシキニ、殿ノ御 輿ヲ遣シテ一人ツツムカヘ給ケルニ、美作乗トテ不 祥トヤ申ヘキ、栄耀トヤ申ヘキト云テ、ケシキハミ タリケルニ、ヨロツノ人アサマシキ事ニ云ケリ、イラナ/k97 サモ折ニヨルヘキ物也、是ハサシスキタルニハアラネトモ、上 手メキニクイケシタル筋モ同事也、此美作ハ武蔵ト云 経読ノ娘ナリケリ、/k98