十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の54 伊勢物語にいはく右近馬場のひをりの日・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 伊勢物語((『伊勢物語』99段))にいはく、 右近馬場のひをりの日、向へに立ちたりける車に、女の顔の下簾(したすだれ)より透きて、ほのかに見えければ、中将なりける男の詠みてやりける、   見ずもあらず見もせぬ人の恋ひしくはあやなく今日やながめ暮らさむ 返し   知る知らぬなにかあやなく分きていはん思ひのみこそしるべなりけれ 「この返歌、『宿はいづくぞ』と言ひたらんにこそ、かくは詠むべけれ。さし過ぎたるさまにや」と俊頼朝臣((源俊頼))言へり。 くはしくは、かの口伝((『俊頼髄脳』を指す。))に見ゆ。 ===== 翻刻 ===== 伊勢物語云右近馬場ノヒヲリノ日ムカヘニ立タリケ ル車ニ、女ノカホノシタスタレヨリスキテホノカニ見エケ レハ、中将ナリケル男ノ読テ遣ケル、 見スモアラスミモセヌ人ノ恋シクハ、アヤナク今日ヤナカメクラサム 返シ シルシラヌナニカアヤナクワキテイハン、思ノミコソシルヘナリケレ、 此返哥宿ハイツクソト云タランニコソ、カクハヨムヘケレ、 サシスキタルサマニヤト、俊頼朝臣云リ、委ハ彼口伝 ニミユ、/k96