十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の53 江匡房記いはく和歌の道にとりて往年六人の党あり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 江匡房記((大江匡房の日記。『江記』ともいう。散逸。))いはく、 和歌の道にとりて往年六人の党あり。いはゆる、範永((藤原範永))・棟仲((平棟仲))・頼実((源頼実))・兼長((源兼長))・経衡((藤原経衡))・頼家((源頼家))らなり。年を経てのち、この輩(ともがら)逝去して、頼家一人残りたりけるに、為仲((橘為仲))といふ者、奥州より歌を頼家に送る。その意、君と我、なまじひに残るよしを詠めり。 頼家、怒りていはく、「為仲、当初のこの六人に入らず。君を我と生き残るよし、安からぬことなり」とて、返歌に及ばざりけり。 ===== 翻刻 ===== 江匡房記云和哥道ニ取テ往年六人ノ党アリ、所 謂範永棟仲頼実兼長経衡頼家等也、年ヲヘテノ チ此輩逝去シテ頼家一人残タリケルニ、為仲ト云 者奥州ヨリ哥ヲ頼家ニヲクル其意君ト我ナマシ ヰニ残ルヨシヲ読リ、頼家怒リテ云ク、為仲当初之 此六人ニ入ス君ト我ト生残ル由安カラヌ事也トテ、返/k95 哥ニ及ハサリケリ、/k96