十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の52 大相国宰相にておはしける時歌合せられけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大相国((藤原実行))、宰相にておはしける時、歌合せられけるに、「夏の月」を、俊頼、   光をばさしかはしてや鏡山峰より夏の月は出づらむ と詠めりけるを、「『峰より夏の月は出づらん』と侍るは、秋冬は谷より出づるにや」と申しければ、俊頼、述ぶるかたなくて居たるに、大判事明兼((坂上明兼))が下座に候ひて、いささか口入を申したりけるを、俊頼、腹立たしき気にて、「おのれがやうなる侍(さぶらひ)などは、ただこそ居たれ。公達の物仰せらるるに、さしらへするやうはある。あら便な」など言ひければ、明兼、にがりにけり。 「さやうのことには、心得て、下臈はつつむべきなり」とぞ、人々申し合ひける。 ===== 翻刻 ===== 至レル也ト云リ、大相国宰相ニテオハシケル時、哥合セ ラレケルニ、夏月ヲ俊頼 光ヲハサシカハシテヤ鏡山、峰ヨリ夏ノ月ハイツラム、 トヨメリケルヲ峰ヨリ夏月ハ出ラント侍ハ秋冬ハ谷 ヨリ出ニヤト申ケレハ、俊頼ノフル方ナクテ居タルニ、大 判事明兼カ下座ニ候テ、聊口入ヲ申タリケルヲ、/k94 俊頼腹タタシキ気ニテ、ヲノレカヤウナル侍ナトハタタコ ソ居タレ、公達ノ物仰ラルルニ、サシラヘスルヤウハアル、ア ラ便ナナト云ケレハ、明兼ニカリニケリ、サヤウノ事ニハ心 エテ下臈ハツツムヘキ也トソ人々申合ケル、/k95