十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の47 詩歌などにつけても必ず禁忌の詞を除きて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== かやうの振舞のみにあらず。詩歌などにつけても、必ず禁忌の詞(ことば)を除きて、落度なきやうに思慮すべきなり。 壬生忠岑、宣旨によりて、春歌奉りけるに、   白雲のおりゐる山 と詠みけるを、躬恒、ことに難じ申しけり。その後、ほどなく世の中かはりにけり。 堀河院、御会に、右大弁長忠((藤原長忠。底本を含め諸本「忠長」だが、『俊頼髄脳』により訂正。))に題を召したりければ、「夢後郭公」といふ題を奉りける。これまた、いくほどなく、院、隠れさせ給ひけり。 同じ御時、中宮の御方にて、花合といふことありけるに、越前守仲実((藤原仲実))が歌に、「玉の身」といふことを詠めりける。「いまいましきこと」と人申しけるほどに、宮、やがて失せ給ひにけり。 周防内侍が郁芳門院の歌合に、   わがしたもえの煙なるらむ と詠めりけるも、時の人、「いかに」とかや申けるとぞ。 「必ずしもこれによるべきかは」と思へども、人の言ひならはせること、捨てらるべきにあらず。詮は、「かかる失錯をせじ」と思慮すべき。 近くは中御門の摂政殿((藤原良経))も、   朝眠遅覚不開窓(朝眠遅く覚めて窓を開かず) といふ詩を作り給ひて、いくほどなく、御とのごもりなから、頓死せさせ給ひにけるとぞ。 ===== 翻刻 ===== テ帰ニケリ、是モ亦カタ腹イタクオカシ、カヤウノ振 舞ノミニ非ス、詩哥ナトニツケテモ必禁忌ノ詞ヲ除 テ越度ナキヤウニ思慮スヘキナリ、/k89 壬生忠峰 宣旨ニヨリテ春哥奉ケルニ、白雲ノオ リヰル山トヨミケルヲ、躬恒殊ニ難申ケリ、其後程 ナク世中カハリニケリ堀川院御会ニ右大弁忠長ニ 題ヲ召タリケレハ、夢後郭公ト云題ヲ奉ケル、是又幾 程ナク院カクレサセ給ケリ、同御時中宮御方ニテ花 合ト云事有ケルニ、越前守仲実カ哥ニ玉ノ身ト云 事ヲヨメリケル、イマイマシキ事ト人申ケル程ニ、宮ヤ カテウセ給ニケリ、周防内侍カ郁芳門院ノ哥合ニ ワカシタモエノ煙ナルラムトヨメリケルモ、時ノ人イカ ニトカヤ申ケルトソ、必シモ是ニヨルヘキカハト思ヘトモ、/k90 人ノ云ナラハセル事ステラルヘキニ非ス、詮ハカカル失 錯ヲセシト思慮スヘキ、近ハ中御門ノ摂政殿モ朝眠 遅覚不開窓ト云詩ヲ作給テ、幾程ナク御トノコ モリナカラ頓死セサセ給ニケルトソ、又詩哥ニツケ/k91