十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の42 大二条殿大将にておはしける時内へ参らせ給ひたりけるを・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大二条殿((藤原教通))、大将にておはしける時、内へ参らせ給ひたりけるを、ある女房招き、消息(せうそこ)申されけり。 近利((秦近利。藤原教通の随身))、参りて、「女房、申せと候ふ」と言ふ声を、聞かせ給ひて、見返らせ給ひたりけるに、「急ぎ参らせ給ふに、無心なり」と思ひて、「忘て候ふ」と申しける。時の人、心ありて、いみじきことに申しける。 このことを、白河院御随身武忠((下毛野武忠))聞て、「あはれ、このごろの御随身ならば、つぶつぶ読み聞かせ参らせなん」とぞ言ひける。 さやうに忙しげならむ時には、人に歌読みかくまじきなり。 ===== 翻刻 ===== 大二条殿大将ニテオハシケル時、内ヘ参セ給タリケ/k78 ルヲ或女房マネキセウソコ申サレケリ、近利参テ 女房申セト候ト云声ヲ聞セ給テ、見カヘラセ給タリ ケルニ、急キ参セ給ニ無心ナリト思テ忘テ候ト申 ケル時ノ人心有テイミシキ事ニ申ケル此事ヲ白 河院御随身武忠聞テアハレコノコロノ御随身ナラハ ツフツフヨミ聞セマイラセナントソ云ケル、サヤウニイソ カシケナラム時ニハ人ニ哥ヨミカクマシキナリ、/k79