十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の39 楊梅大納言顕雅卿は若くよりいみじく言失をぞし給ひける・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 楊梅大納言顕雅卿((源顕雅))は、若くより、いみじく言失をぞし給ひける。 神無月のころ、ある宮腹に参りて、御簾の外(と)にて女房達と物語せられけるに、時雨のさとしければ、供なる雑色を呼びて、「車の降るに、時雨さし入よ」とのたまひけるを、「車軸とかやにや、恐しや」とて、御簾の内、笑ひあはれけり。 さて、ある女房の、「御言ひ違へ、常にありと聞こゆれば、まことにや、御祈りの有るぞや」と言はれければ、「そのために、三尺の鼠を造り、供養せむと思ひ侍る」と言はれたりける。 折節、鼠の御簾のきはを走り通りけるを見て、観音に思ひまがへてのたまひけるなり。 「時雨さし入よ」には、勝(まさ)りてをかしかりけり。落度のついでに言ひ出ださる。 ===== 翻刻 ===== 楊梅大納言顕雅卿ハ若クヨリイミシク言失ヲソシタ マイケル、神無月ノ頃或宮原ニ参テ、御スノトニテ女 房達トモノガタリセラレケルニ、時雨ノサトシケレハ、共ナル 雑色ヲヨヒテ、車ノフルニ時雨サシ入ヨトノ給ケルヲ、 車軸トカヤニヤオソロシヤトテ、御スノ内咲ヒアハレケ リ、サテ或女房ノ御イヒタカヘ常ニ有ト聞ユレハ、実/k74 ニヤ御祈ノ有ソヤト云レケレハ、其タメニ三尺ノネスミ ヲツクリ供養セムト思侍ルト云レタリケル折節ネス ミノ御スノキハヲ走リトヲリケルヲ見テ観音ニ思マ カヘテノ給ケル也、時雨サシ入ヨニハマサリテオカシカリ ケリ、越度ノ次ニ云出サル、/k75