十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の34 義家朝臣陸奥前司のころ常に堀河右府の御もとに参りて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 義家朝臣((源義家))、陸奥前司のころ、常に堀河右府((藤原頼宗。ただし、時代が合わないため、源顕房、源俊房(堀河左府)という説もある。))の御もとに参りて、囲碁を打ちけり。いつも小雑色一人ばかりを相共たりけり。大刀を持ちて、中門の内の唐居敷(からゐしき)に居たりけり。 ある日、寝殿にて囲碁を打るあひだ、追入れけり。犯人、刀を抜きて南庭を走り通るを、「前司義家が候ふぞ。罷(まか)り留まれ」と言ひけるを、聞き入れず、なほ過ぎければ、「それがし候ふよし言ひ聞かせよ。やれ」と言ふ。その時、雑色、「八幡殿のおはします。罷り留まれ」と言ふ。 このことを聞きて、たちまちに留りて、刀を投ぐ。よつて、雑色、これを捕らふ。その間、近辺の小家に隠し置ける郎等、四五人ばかり出で来て、件の犯人を相具してゐて去(い)ぬ。 日ごろ、かかる武士ら、人に見えざりけり。 ===== 翻刻 ===== 義家朝臣陸奥前司ノ比常ニ堀河右府ノ御許ニ 参テ、囲碁ヲウチケリ、イツモ小雑色一人ハカリヲ 相共タリケリ、大刀ヲ持テ中門ノ内ノカラヰシキニ 居タリケリ、或日寝殿ニテ囲碁ヲ打間追入レケ リ、犯人刀ヲヌキテ南庭ヲ走リ通ルヲ、前司義 家カ候ソ、罷留レト云ケルヲ、聞入ス猶過ケレハ、ソレ カシ候由云聞セヨヤレトイフ、其時雑色八幡殿ノオ ハシマス罷留レト云、此事ヲ聞テ忽ニ留テ刀ヲナク/k68 仍雑色是ヲトラフ、其間近辺ノ小家ニカクシ置 ケル郎等四五人ハカリ出来テ、件ノ犯人ヲ相具シ テヰテ去ヌ、日来カカル武士等人ニ見エサリケリ、/k69