十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の32 御堂入道東三条の御所を造り給ふ時・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 御堂入道((藤原道長))、東三条の御所を造り給ふ時、有国((藤原有国))、奉行しける。 西の泉の透廊、南へ長くさし出でたる中のほど一間、上長押を打たざりけり。殿下御覧じて、「など打たぬぞ。下も土にて弱きに」と仰せられければ、何となきやうに申しなしてやみにけり。 しかるあひだ、上東門院、立后の後、始て入内の時、この上長押あらば、その煩ひあるべき所に、御輿、やすらかに出でさせ給ふ、有国、砌(みぎり)に候ひけるが、少し声(こわ)つくろひしたりければ、殿下御覧じければ、指をさして上長押を見やりけり。「いかにも、この義あるべし」と存じて、御輿の寸法をはからひて上長押を打たざりける。用意深かりけり。 有国は伴大納言((伴善男))の後身なり。伊豆国に、かの大納言、影をとどむ。有国が容貌、さらに違はず。また、善男、終焉の時、「当生には必ず今一度奉公の身たらん」と言ひけり。 ===== 翻刻 ===== 御堂入道東三条ノ御所ヲ造給時、有国奉行シケル、西 ノ泉ノ透廊南ヘ永ク指出タル中ノ程一間上長押ヲ ウタサリケリ、殿下御覧シテ、ナトウタヌソ下モ土ニテ ヨハキニト仰ラレケレハ、何トナキヤウニ申ナシテ止ニ ケリ、然間上東門院立后ノ後始テ入内ノ時、此ノ上長 押アラハ其煩アルヘキ所ニ御輿ヤスラカニ出サセ給 間、有国砌ニ候ケルカ、スコシコハツクロヒシタリケレハ殿下/k66 御覧シケレハ指ヲサシテ上長押ヲ見ヤリケリ、イ カニモ此義有ヘシト存シテ、御輿ノ寸法ヲハカラヒテ上 長押ヲウタサリケル用意深カリケリ、有国ハ伴大 納言後身也、伊豆国ニ彼大納言影ヲトトム、有国カ 容貌サラニタカハス又善男終焉ノ時当生ニハ必今 一度奉公ノ身タラント云ケリ、/k67