十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の14 後堀河院御位の時七月二十日ごろにや花山院の誰とかや・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 後堀河院、御位の時、七月二十日ごろにや、花山院の誰とかや、蔵人頭にて候はれけり。閑院にて、同じく中将なる人、それならぬ若殿上人多く、鬼の間のほどにて乱り居て、様々(さまざま)物語せらるるに、女房も台盤所に候ひて、内外居かはすついでに、台盤所の前なる楓(かへで)を見て、「この木に、秋のしるしと思えて、初紅葉(はつもみぢ)一枝侍しこそ、失せにけれ」と、内侍の中に誰とかや言ひ出でたるを、頭中将、「いづかたの枝にか」と梢(こずゑ)を見上げたるに、「西枝にこそ侍らめ」と、ある雲客言ひたりけり。いみじかりけり。 清和・貞観の御時、弘徽殿の前にありける木の、西の方の枝、紅葉(もみぢ)初(はじ)めたりけるを、                        藤原勝臣   同じ枝(え)をわきて木の葉の色付くは西こそ秋の始めなりけれ とある古事を思ひ出でけるにや。 ===== 翻刻 ===== 後堀河院御位時、七月廿日頃ニヤ花山院ノタレトカヤ 蔵人頭ニテ候ハレケリ、閑院ニテ同ク中将ナル人ソレ ナラヌ若殿上人多ク、鬼ノ間ノ程ニテミタリヰテ、 サマサマ物語セラルルニ、女房モ台盤所ニ候テ、内外 ヰカハス次ニ、大盤所ノ前ナルカエテヲ見テ、此木ニ 秋ノシルシト覚テ、ハツモミチ一枝侍シコソウセニケ レト内侍ノ中ニ誰トカヤ云出テタルヲ、頭中将イツ/k36 カタノ枝ニカト梢ヲ見アケタルニ、西枝ニコソ侍ラメ ト、アル、雲客云タリケリ、イミシカリケリ清和貞観 御時、弘徽殿ノマヘニ有ケル木ノ、西ノ方ノ枝モミチハ シメタリケルヲ、藤原勝臣 オナシエヲワキテ木ノハノ色付ハ、ニシコソ秋ノハシメナリケレ トアル古事ヲ思出ケルニヤ、/k37