十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の10 おほかたは心操もおさまり才幹もありて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== おほかたは心操もおさまり、才幹もありて、良き人と言ひ初(そ)められぬれば、少々失あれども、世にも人にも必ず思ひ許さるるなり。「大労身にある時は、少しく過ちありといへども、凶とせず」といへるがごとし。 詩歌の喩(たと)へ一つにて、これらを申すべし。   楚思渺茫雲水冷   商声清脆管絃秋 この詩をば、「頌声聞きにくし」と難じ申す人ありけれども、秀句なるによて、四条大納言公任卿((藤原公任))、朗詠((『和漢朗詠集』上巻・秋興))に撰び入れられにけり。   咲かざらむものとはなしに桜花おもかげにのみまだき立つらむ これは、延喜十三年亭子院歌合に、「『らむ』の字二つあり」とて、病(やまひ)に定めらる。                     堀河右大臣((藤原頼宗。底本「左大臣」。本来の官職により訂正。))   あふまでとせめて命の惜しければ恋こそ人の命なりけれ これは、長元八年三十講の歌合の歌なり。「けれ」の詞(ことば)二つあれども、沙汰なくて、勝ちにけり。 同詞の病なれども、歌がらよくなりぬれば、聞きとがめざるにや。 ===== 翻刻 ===== 旨ヲ顕ハスナリ、大方ハ心操モオサマリ才幹モ有 テヨキ人ト云初ラレヌレハ、少々失アレトモ世ニモ人ニ モ必思ユルサルル也大方身ニ有時ハ少過チアリト云 トモ凶トセストイヘルカ如シ、詩歌ノタトヘ一ニテ此 等ヲ申ヘシ 楚思渺茫雲水冷商声清脆管絃秋 此詩ヲハ頌声キキニクシト難申人有ケレトモ、秀句 ナルニヨテ、四条大納言公任卿朗詠ニ撰入ラレニケリ、 サカサラムモノトハナシニ桜花オモカケニノミマタキ立ラム、 是ハ延喜十三年亭子院哥合ニ、ラムノ字二有トテ/k32 病ニ定ラル、 堀河左大臣 アフマテトセメテ命ノ惜ケレハ、恋コソ人ノイノチナリケレ、 是ハ長元八年三十講ノ哥合哥也、ケレノ詞二有 トモ沙汰ナクテ勝ニケリ、同詞ノ病ナレトモ、哥カラ ヨク成ヌレハ、キキトカメサルニヤ、人ノ有様ヲモ是等/k33