十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の9 人倫の事はうちまかせたる習にて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 人倫の事は、うちまかせたる習ひにて、その例(ためし)多ければ、注(しる)しあふべからず。 唐土(もろこし)には、秦始皇帝、泰山に行幸(みゆき)し給ふに、俄雨降り、五松の下に立ち寄りて、雨を過ごし給へり。このゆゑに、かの松に位を授けて、「五太夫」といへり。五品を「松爵」といふ、これなり。 しかのみならず、夏天に道行く人、木陰に涼みて、衣をかけ、あるいは馬に水飼ふ者、銭を井に沈めて通りけり。 賢き人は、心なき石木までも、思ひ知る旨(むね)を顕(あら)はすなり。 ===== 翻刻 ===== サリケリ、人倫ノ事ハウチマカセタル習ニテ、其例 シ多ケレハ注シアフヘカラス、モロコシニハ 秦始皇帝泰山ニミユキシ給ニ俄雨フリ五松ノ下ニ立 寄テ雨ヲ過給ヘリ、此故ニ彼松ニ位ヲ授テ五太 夫ト云リ、五品ヲ松爵ト云是也加之夏天ニ道行人木 カケニ涼テ衣ヲカケ或ハ馬ニ水カフモノ、銭ヲ井ニ 沈テ通リケリ賢キ人ハ、心ナキ石木マテモ、思シル/k31 旨ヲ顕ハスナリ、大方ハ心操モオサマリ才幹モ有/k32