十訓抄 第一 人に恵を施すべき事 ====== 1の3 崇徳院讃岐にうつろはせ給ひて後・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 崇徳院、讃岐にうつろはせ給ひて後、旅の御住居(すまゐ)あはれに悲しきことかぎりなし。いひ尽すべからず。 蓮妙といふ数寄聖(すきひじり)のありけるが、いもうとのかの院に候ひけるを思ひ出でて、ただ一人、彼の国へ下りて、御所へ入らむとすれども、武士(もののふ)とがめて、かなはざりけり。 「いかにせむ」と思ふほどに、やや暁になりて、黒ばみたる水干着たる人の、内より出でたりける便(たよ)りに付きて入りてみれば、草繁り露深くして、人音もせず、いみしくものがなし。「陵園の配妾が、月に徘徊せし松の扉の中も、かくやありけむ」とぞ思えける。 とばかり立ちわづらひて、板の端に書きて、「見参に入れよ」とて、ありつる人に取らせけり。   朝倉や木の丸殿に入りながら君に知られで帰る悲しさ この男、ほどなく返りて、「『これ奉れ』と侍る」と言ふ。取りて見れば、   朝倉やただいたづらにかへすにも釣する海士(あま)の音(ね)をのみぞなく いみじくあはれにて、思ひに入りて、歩きけるとなむ。 「朝倉(([[s_jikkinsho01-02]]参照))」の次(ついで)にこれを記す。 ===== 翻刻 ===== 崇徳院讃岐ニウツロハセ給テ後、旅ノ御スマヰアハ/k12 レニ悲キ事カキリナシ、云ツクスヘカラス、蓮妙ト云 スキ聖ノ有ケルカ、イモウトノ彼院ニ候ケルヲ思出テ、 只独彼国ヘ下リテ、御所ヘ入ラムトスレトモ、モノノフト カメテカナハサリケリ、イカニセムト思フホトニ、ヤヤ暁 ニ成テクロハミタル水旱着タル人ノ、内ヨリ出タリ ケル便ニ付テ入テミレハ、草シケリ露フカクシテ、 人オトモセスイミシク物カナシ、陵薗ノ配妾カ月 ニ徘徊セシ松ノ扉ノ中モカクヤ有ケムトソ覚ケ ル、トハカリタチワツラヒテ、板ノハシニ書テ、見参ニ 入ヨトテアリツル人ニトラセケリ/k13 朝倉ヤ木ノ円殿ニ入ナカラ、君ニシラレテカヘルカナシサ、 此男程ナクカヘリテ、コレタテマツレト侍ト云、取テミレ ハ、 アサクラヤタタイタツラニカヘスニモ釣スルアマノネヲノミソナク イミシク哀ニテオモヒニ入テアリキケルトナム、朝倉ノ 次ニ是ヲシルス、/k14