今物語 ====== 第34話 比叡の山横川に住みける僧のもとに小法師のありけるが・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 比叡の山、横川に住みける僧のもとに、小法師のありけるが、坊の前に柿の木のありけるを、「切りて焚かん」とて、一(いち)の切れを割りたりける((底本「わかたりける(分かたりける)」諸本により訂正。))中に、黒みのありけるが、文字に似たりけるを、「あやし」と思ひて、坊主に見せたりければ、「南無阿弥陀仏」といふ文字にてありける。 不思議((底本「儀」))などもいふはかりなくて、横川の長吏、吏法印といひける人に見せたりければ、上西門院、をりふし御社(みやしろ)に御籠りありけるに、持ちて参りて、御覧ぜさせければ、取らせ給ひて、後白河院に参らせ給ひけり。 蓮華王院の宝蔵に納まりけるを、「我が所にこそ置くべけれ」とて、憤り申しけるとなむ。 ===== 翻刻 ===== ひえの山よかはにすみける僧のもとに小法師のありける か坊のまへに柿の木のありけるをきりてたかんとてい ちのきれをわかたりけるなかにくろみのありけるか文字 ににたりけるをあやしとおもひて坊主にみせたりけれは 南無阿弥陀仏といふ文字にて有ける不思儀なとも云 はかりなくてよかはの長吏々法印といひける人にみせ たりけれは上西門院おりふしみやしろに御こもり有ける/s22r にもちてまいりて御覧せさせけれはとらせたまひて後 白河院にまいらせ給ひけり蓮花王院の宝蔵に おさまりけるを我所にこそをくへけれとていきとをり 申けるとなむ/s22l