今物語 ====== 第25話 ある人事ありて遠き国へ流されけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== ある人、事ありて、遠き国へ流されけるに、年ごろ心ざし深かかりける女の、孕(はら)みたるを、見捨てて行きければ、いかばかりの別れにかありけむ。 その後、この女訪ね行かむとしけれど、父母(ちちはは)ありけるゆゑにて、許さざりければ、ただ一人、出でて行きけるに、やうやうその国までかかぐり着きにけり。 腹なる子の生まれんとしければ、かたやぶに生み落して、着たりける物にひき包みて、捨て置きて、「血付きたる物なと洗はむ」とて、人の家のありける方へ、やうやうよろぼひ行きけるに、この家にはしを集むる音して、「流され人の死にたるを葬(はふ)らんずる」なと言ふ。 事にあやしく、胸つぶれて、詳しく尋ねければ、「京なる人を恋ひ悲しみて、今朝失せ給ひたる」など言ふに、ただこの人なりけり。言葉も立たず、わななかれけれど、からくして、この死人(しびと)のもとに行きて見れば、我が男なりけり。悲しきこと限りなくて、枕上(まくらがみ)に居て、「かく参りたるなり。今一度(ひとたび)、目見合はせ給へ」と、泣きもまれて、この男、行き出でて、目を見合はせて、「この世にては、今はいかにもかなふまじきぞ」とばかり言ひて、やがてまた死ににけり。 さてのみあるべきならねば、葬りけるに、その火に、この女、飛び入りて焼け死ににけり。 「腹の内の子を生み落しけるは、罪の浅かりけるにや」とぞ、言ひ合へりける。一人具したりける((底本「くしたりけり」。諸本により訂正))女の童も、ともに火に入らむとしけれども、取り止めて、この人の有様を詳しく尋ね、生み落しつる子などをも取りて、村の者の養ひけるとぞ。 この事は近きほどのことなり。 ===== 翻刻 ===== ある人事ありてとをき国へなかされけるにとしころ心 さしふかかりける女のはらみたるを見すてて行けれは いかはかりの別にかありけむそののちこの女たつね ゆかむとしけれとちちははありけるゆへにてゆるささり けれはたたひとりいてて行けるにやうやうその国 まてかかくりつきにけりはらなるこのむまれんとし けれはかたやふにうみおとしてきたりける物にひき つつみてすてをきてちつきたる物なとあらはむとて 人の家のありけるかたへやうやうよろほひゆきけるに この家にはしをあつむるをとしてなかされ人の/s18r しにたるをはふらんするなといふ事にあやしくむね つふれてくはしくたつねけれは京なる人を恋か なしみてけさうせたまひたるなと云にたたこの人也 けりことはもたたすわななかれけれとからくしてこの しひとのもとにゆきてみれはわかおとこなりけりかな しき事かきりなくて枕かみにゐてかくまいりたる なりいま一たひめ見あはせたまへとなきもまれて このおとこいきいててめを見あはせてこの世にてはい まはいかにもかなふましきそとはかりいひてやかて又しにに けりさてのみあるへきならねははふりけるにその火に この女とひいりてやけしににけりはらのうちの子をうみ おとしけるはつみのあさかりけるにやとそいひあへりけ るひとりくしたりけりめのわらはもともに火にいらむとし/s18l けれともとりとめてこの人のありさまをくはしくたつね うみおとしつる子なとをもとりてむらのもののやしなひ けるとそこの事はちかきほとの事なり/s19r