発心集 ====== 第六第3話(65) 堀川院蔵人所の衆、主上を慕ひ奉り入海の事 ====== ===== 校訂本文 ===== 堀河院((堀河天皇))、位におはしましける時、天が下治まりて、民安く、世のどかなり。近くは後三条院((後三条天皇))の御時などをこそ、いみじきためしに申ぬるを、これは今少し情(なさけ)深く艶(えん)にやさしきかたさへ、すぐれさせ給へり。唐には天宝((玄宗の治世))のためしを引き、わが国には延喜((醍醐天皇の治世))・天暦((村上天皇の治世))のかしこき御代に立ち帰ることをぞ、高きも賤きも悦びけり。 その時、身はいやしながら、蔵人所に候ひて、朝夕つかうまつる男ありけり。及ばぬ心にも、御有様をかぎりなくめでたく思ひしめて、何のわが身を立てんことまでも思はず、ただ、かかる御代に生れ合ひて、御垣の内に明かし暮らすこと、よろづの愁へもなくなぐさみて、心ばかりつかうまつれど、わが身かずならねば、あらはるる便りもなし。 かかるほどに、無常はかしこきも愚なるも遁れぬ習ひなれば、盛んなる花の雨風にしぼみぬる心地して、いささか才ある人は、身一つの歎きと悲しびあへるさま、ことわりにも過ぎたりけり。 かの男、かくれおはしましける日より、あるはあるにもあらず、夜の明け、日の暮るる分ちも知らぬ様にてなん通ひける。つひに頭(かしら)おろして、ここかしこ聴聞などしありきけれど、ものも言はず、なすこともなし。蝉のもぬけのごとくにて、生けるものとも見えざりけり。 常には、もろもろの仏神に、「かの生まれ所を示し給へ」と、二心なく祈り申しけるほどに、年経て後、西の海に大竜になりておはします由(よし)を、夢に見えたりければ、限りなく嬉しくて、たちまちに筑紫のかたへ行きて、東風のけはしく吹きたりける日、舟に乗りて、押し出でにけり。 しばしは波間によろひつつ見えけれど、後には行く末も知らずなりにければ、見る人、涙を流して、そのころの世語りになんしける。よろづのこと、志(こころざし)によることなれば、身をかへて、必ず参り合ひてつかふまつりなんかし。 おほかた、程につけつつ、まことの世には思はずなること多かりし。親しき((「親しき」は底本「タゝシキ」。諸本により訂正))・疎きにもよらず、かへりみの有り無しにもよらず。かくはしりつきたる物の命かはり、年ごろ深くあひ頼みたる人の、人よりも愚かなるためし多く聞こゆるは、前の世の結縁によるにこそ。 一度(ひとたび)は、生き返りて見まほしきことなり。 ===== 翻刻 ===== 堀川院蔵人所衆奉慕主上入海事 堀川院位ニヲハシマシケル時。天カ下オサマリテ民安ク 世ノドカ也チカクハ後三条院ノ御時ナドヲコソイミ/n9l ジキタメシニ申ヌルヲ。是ハ今スコシ情フカク艶ニヤ サシキカタサヘスグレサセ給ヘリ。唐ニハ天宝ノタメシ ヲヒキ。我国ニハ延喜天暦ノカシコキ御代ニ立帰ル 事ヲゾ。高キモ賤キモ悦ケリ。其時身ハイヤシナガラ 蔵人所ニ候テ朝夕ツカウマツル男アリケリ。及ヌ心 ニモ御有様ヲカギリナク目出度思ヒシメテ。何ノ我 身ヲ立ン事マデモ思ハズ只カカル御代ニ生レ合テ御 垣ノ内ニ明シ暮ス事万ノ愁モナク。ナクサミテ心計 ツカフマツレド。我身カズナラネバ。アラハルル便モナシ。 カカル程ニ無常ハカシコキモ愚ナルモ遁ヌ習ヒナレバ。/n10r サカンナル花ノ雨風ニシボミヌル心地シテ聊才アル人ハ 身一ツノ歎ト悲アヘルサマコトハリニモ過タリケリ。彼男 カクレヲハシマシケル日ヨリ。アルハ有ニモ非ス。夜ノ明ケ日 ノクルルワカチモシラヌ様ニテナン通ヒケル。終ニカシ ラヲロシテ。ココカシコ聴聞ナドシアリキケレド。物モイ ハズ。ナス事モナシ蝉ノモヌケノ如クニテ。生ルモノトモ 見ヘザリケリ。常ニハモロモロノ仏神ニ彼生所ヲシメシ 給ヘト二心ナク祈リ申ケル程ニ。年ヘテ後西ノ海ニ 大龍ニ成テヲハシマス由ヲ夢ニ見ヘタリケレバ。限ナク ウレシクテ忽ニ筑紫ノカタヘ行テ東風ノケハシク吹/n10l タリケル日舟ニ乗テヲシ出ニケリ。シバシハ浪間ニヨ ロヒツツ見ヘケレド。後ニハ行末モシラズ成ニケレバ。見ル人 涙ヲナガシテ其此ノ世カタリニナンシケル。万ノ事志 ニヨル事ナレバ身ヲカヘテ必ス参合テツカフマツリ ナンカシ。大方程ニツケツツ誠ノ世ニハ思ハズナル事オ ホカリシ。タタシキ。ウトキニモヨラス。顧ノアリナシニモ ヨラス。カクハシリツキタル物ノ命カハリ。年此フカク相 タノミタル人ノヒトヨリモ愚ナルタメシ多クキコユル ハ前ノ世ノ結縁ニヨルニコソ。一度ハ生カヘリテ見マホ シキ事ナリ/n11r