発心集 ====== 第三第2話(27) 伊予僧都大童子、頭の光現はるる事 ====== ===== 校訂本文 ===== 奈良の都に、伊予僧都といふ人ありけり。白河院の末にや、あひ奉りけん。近き世の人なるべし。その僧都のもとに、年ごろ使ふ大童子ありけり。朝夕に念仏を申すこと、時の間も怠らず。 ある時、僧都の、夜更けてものへ行きけるに、この童、火を灯して、車の先に行くを見れば、火の光に映じて、頭の光現れたり。あさましく、めづらかに思えて、人を呼びて、この火を車のしりに灯す。かくて、また向ひてこれを見るに、なほ、先のごとくに明らかなり。とかく言ふばかりなし。 そののち、この童を呼びて、言ふやう、「年もやうやう高くなりたり。かく念仏を申す、いと貴し。今は宮仕へ障りあり。まぎるる方なく念仏してゐたれがし。しからば、食ひ物のために、いささか田を分けて取らせん」と言ふ。童、「何事に思し召し飽きて侍るにか。宮仕へつかまつるとて、念仏の障りになることも侍らず。『身の耐へて侍らんほどは、つかまつらん』とこそ思ひつれ。いと本意(ほい)なく」など言ふ。 「そのていのことにあらず」とて、ことのいはれをよくよく言ひ聞かせければ、「しからば、かしこまり侍り」とて、この田を、二人持ちたりける子に分け取らせてなん、食ひ物をば沙汰せさせける。 かくて、猿沢の池の傍らに、一間なる庵結びて、いとど他念なく念仏して居たりければ、本意(ほい)のごとく、臨終正念にて、西に向ひて、掌を合はせて終りにけり。 往生は無智なるにもよらず。山林に跡をくらうするにもあらず。ただ、いふかひなく功積める者、かくのごとし。 ===== 翻刻 ===== 伊予僧都大童子頭光現事 奈良ノ都ニ伊予僧都ト云人アリケリ白河院ノ末ニヤ。アヒ 奉リケン近キ世ノ人ナルベシ。ソノ僧都ノモトニ年ゴロツカフ 大童子アリケリ朝夕ニ念仏ヲ申事。時ノ間モヲコタラズ アル時僧都ノ夜フケテ物ヘ行ケルニ此童火ヲトモシテ 車ノサキニ行ヲミレバ火ノ光ニヱヰジテ頭ノ光アラハレタ リ。アサマシクメツラカニ覚テ人ヲヨヒテ此火ヲ車ノシリニ/n4l トモスカクテ又ムカヰテ是ヲ見ルニ。ナヲ先ノ如クニアキラ カ也。兎角云ハカリナシ。其後此童ヲヨビテ云ヤウ年モ ヤウヤウタカクナリタリ。カク念仏ヲ申イト貴シ。今ハ 宮ツカヘサハリアリ。マギルル方ナク念仏シテ。イタレガシ 然バクヒ物ノ為ニ。イササカ田ヲ分テトラセント云フ童 何事ニ思食アキテ侍ニカ。宮ツカヘ仕ルトテ。念仏ノ サハリニナル事モ侍ラズ。身ノタヱテ侍ラン程ハツカマツ ラントコソ思ツレ。イトホヰナクナド云フ。ソノテイノ 事ニアラズトテ事ノイハレヲヨクヨク云キカセケレハシ カラバ畏リ侍リトテ此田ヲフタリモチタリケル子ニ分/n5r トラセテナン食物ヲバ沙汰セサセケルカクテ猿沢ノ池ノ カタハラニ一間ナル菴リ結テイトド他念ナク念仏シ テ居タリケレバ本意ノ如ク臨終正念ニテ西ニ向テ掌 ヲ合テオハリニケリ。往生ハ無智ナルニモヨラズ。山林ニ跡 ヲクラウスルニモアラス。只云フカヒナクコウツメル物カクノ如/n5l