発心集 ====== 第一第3話(3) 平等供奉、山を離れて異州に趣く事 ====== ===== 校訂本文 ===== 中ごろ、山に、平等供奉といふて、やむごとなき人ありけり。すなはち、天台・真言の祖師なり。 ある時、隠れ所にありけるが、にはかに露の無常を悟る心起つて、「何として、かくはかなき世に、名利にのみほだされて、厭ふべき身を惜みつつ、むなしく明かし暮らす処ぞ」と思ふに、過ぎにし方も悔しく、年ごろの栖(すみか)もうとましく思えければ、さらに立ち帰るべき心地せず、白衣にて、足駄(あしだ)さしはきをりけるままに、衣なんどだに着ず、いづちともなく出でて、西の坂を下りて、京の方へ下りぬ。 「いづくに行きとどまるべし」とも思えざりければ、行かるるにまかせて、淀の方へまどひ歩(あり)き、下り船のありけるに乗らんとす。 貌(かほ)なんども、世の常ならず。「あやし」とて、うけひかねども、あながちに見ければ、乗せつ。「さても、いかなることによりて、いづくへおはする人ぞ」と問へば、「さらに何事と思ひ分きたることもなし。さして行き着く処もなし。ただ、いづかたなりとも、おはせん方へまからんと思ふ」と言へば、「いと心得ぬことのさまかな」と傾きあひたれど、さすがに情けなくはあらざりければ、おのづから、この船の便りに、伊予の国に至りにけり。 さて、かの国に、いつともなく迷ひ歩(あり)きて、乞食をして、日を送りければ、国の者ども、「門乞食」とぞ付けたりける。 山の坊には、「あからさまにて出で給ひぬるのち、久しくなりぬるこそ、あやしう」なむど言へど、かくとはいかでか思ひ寄らん。「おのづから、ゆゑこそあらめ」なんど言ふほどに、日も暮れ、夜も明けぬ。驚きて、尋ね求むれど、さらになし。いふかひなくして、ひとへに、亡き人になしつつ、泣く泣くあとのわざを営みあへりける。 かかる間に、この国の守なりける人、供奉の弟子に浄真阿闍梨((阿弥陀房静真))といふ人を、年ごろあひ親しみて、祈りなむどせさせければ、「国へ下る」とて、「はるかなるほどに、頼もしからむ」と言ひて、具して下りにけり。 この門乞食、かくとも知らで、館の内へ入りにけり。物を乞ふ間に、童部ども、いくらともなく尻に立ちて笑ひののしる。ここら集まれる国の者ども、「異様(ことやう)の物の様かな。罷り出でよ」と、はしたなくさいなむを((底本「いさなむを」から訂正。))、この阿闍梨、あはれみて、「物なむど取らせむ」とて、間近く呼ぶ。恐る恐る縁のきはへ来たるを見れば、人の形にもあらず、痩せ衰へ、物のはらはらとある綴(つづり)ばかり着て、まことにあやしげなり。さすがに、見しやうに思ゆるを、よくよく思ひ出づれば、わが師なりけり。あはれに悲しくて、簾(すだれ)の内よりまろび出でて、縁の上にひき上(のぼ)す。守より始めて、ありとある人、驚き怪しむあまり、泣く泣く様々に語らへど、言葉少なにて、しひて暇(いとま)を乞ひて去りにけり。 いふはかりもなくて、麻の衣やうのもの用意して、ある処を尋ねけるに、ふつとえ尋ねあはず。果てには、国の者どもに仰せて、山林いたらぬ、くまなく、踏み求めけれども、会はで、そのままに跡を暗うして、つひに行く末も知らずなりにけり。 その後、はるかにほど経て、人も通はぬ深山(しんざん)の奥の、清水(しみづ)のある所に、「死人のある」と山人(やまうど)の語りけるに、あやしく思えて、尋ね行きて見れば、この法師、西に向ひて合掌して居たりけり。いとあはれに、貴く思えて、阿闍梨、泣く泣くとかくのことどもをしける。 今も昔も、まことに心を発(おこ)せる人は、かやうに古郷(こきやう)を離れ、見ず知らぬ所にて、いさぎよく名利をば捨てて失するなり。菩薩の無生忍を得るすら、もと見たる人の前にては、神通をあらはすこと難(かた)しと言へり。いはんや、今発せる心はやんごとなけれど、いまだ不退の位に至らねば、ことにふれて乱れやすし。古郷に住み、知れる人にまじりては、いかでか、一念の妄心おこさざらむ。 ===== 翻刻 ===== 平等供奉離山趣異州事/n9l 中比山ニ平等供奉ト云テ止コトナキ人アリケリ。即天 台真言ノ祖師也。有時隠所ニ在ケルカ俄ニ露ノ無 常ヲ悟心起テ。何トシテカクハカナキ世ニ名利ニノミホ ダサレテ厭ベキ身ヲ惜ツツ空ク明クラス処ソト思ニ過ニ シ方モクヤシク年来ノ栖モウトマシク覚ケレバ更ニ立帰ヘ キ心チセズ。白衣ニテアシダサシハキヲリケルママニ。衣ナンド タニキズ。何地トモナク出テ西ノ坂ヲ下テ京ノ方ヘ 下リヌ。イツクニ行止ベシトモ覚ザリケレバ。行ルルニ任テ淀 ノ方ヘマドヒアリキ下船ノ有ケルニ乗トス。皃ナンドモ世ノ ツネナラズ。アヤシトテウケヒカネドモ。アナカチニ見ケレバ/n10r 乗ツ。サテモ何ナル事ニヨリテ何クヘヲワスル人ゾト問バ更ニ 何事ト思ワキタル事モナシ。サシテ行ツク処モナシ只 イヅ方ナリトモオワセン方ヘマカラント思ト云ヘバ。イト 意ヱヌ事ノサマ哉トカタムキアヒタレド。サスガニナサケナクハ 非ザリケレハ。自此舟ノ便ニ伊予ノ国ニ至リニケリ。サテ 彼国ニイツトモナク迷アリキテ乞食ヲシテ日ヲ送ケレバ 国ノ者ドモ門乞食トゾ付タリケル。山ノ坊ニハアカラ サマニテ出給ヌル後久成ヌルコソアヤシフナムトイヘド。 カクトハ争カヲモヒヨラン。自ユヘコソアラメナムンド云程ニ 日モクレ夜モアケヌ。驚テ尋求レド更ニナシ。云カヒナク/n10l シテ偏ニ亡人ニナシツツ。泣々跡ノワザヲ営アヘリケル。 カカル間ニ此国ノ守ナリケル人。供奉ノ弟子ニ浄真 阿闍梨ト云人ヲ年来アヒシタシミテ祈ナムドセサセ ケレバ。国ヘ下ルトテ遥ナル程ニ憑モシカラムト云テ具シ テ下ニケリ。此門乞食カクトモ知ラデ。タチノ内ヘ入ニケリ。 物ヲコフ間ニ童部ドモイクラトモナク尻ニ立テ笑ノノシル。 ココラ集レル国ノ物ドモ事ヤウノ物ノ様カナ。罷出ヨト ハシタナクイサナムヲ。此阿闍梨哀ミテ物ナムド取セムト テマチカクヨフ。恐々縁ノキワヘ来タルヲ見レバ。人ノ形ニ モ非ズヤセヲトロヘ。物ノハラハラトアルツヅリバカリキテ/n11r 実ニアヤシゲ也。サスガニ見シヤウニ覚ルヲヨクヨク思出 レハ我師也ケリ。アハレニ悲クテスタレノ内ヨリマロビ出 テテ縁ノ上ニヒキノボス。守ヨリ始テ有ト在ル人驚キ アヤシムアマリ。泣々様々ニカタラヘド詞スクナニテシ ヰテイトマヲコヒテ去ニケリ。云ハカリモナクテアサノ 衣ヤウノ物用意シテ有処ヲ尋ケルニ。フツトヱタヅネ アワズハテニハ国ノ者トモニ仰セテ山林至ラヌクマ ナクフミモトメケレドモアワデ其ママニ跡ヲクラフシテ 終ニ行末モ知ラス成ニケリ。其後ハルカニ程ヘテ人モ カヨハヌ深山ノ奥ノ清水ノアル所ニ死人ノ有ト山/n11l 人ノ語ケルニ。アヤシク覚ヘテ尋行テ見レバ。此法師西ニ 向テ合掌シテ居タリケリ。イト哀ニ貴ク覚テ阿闍 梨ナクナクトカクノ事トモヲシケル。今モ昔モ実ニ心ヲ発 セル人ハカヤウニ古郷ヲハナレ。ミズシラヌ所ニテイサキ ヨク名利ヲバ捨テウスル也。菩薩ノ無生忍ヲ得スラ。 モト見タル人ノ前ニテハ神通ヲアラハス事難シト云ヘリ。 況今発セル心ハ止事ナケレド未不退ノ位ニ至ラネバ 事ニフレテ乱レヤスシ。古郷ニスミシレル人ニマシリテハ。争 カ一念ノ妄心ヲコサザラム/n12r