平中物語 ====== 第32段 またこの男言ひみ言はずみもの言ひすさぶる人ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== また、この男、言ひみ言はずみもの言ひすさぶる人ありけり。さのみ、ものはかなくて、ありわたる。おのづから年月経にけり。 男、音(おと)せねば、女のもとより、霜月((底本「しもつき」だが、内容上不適切。「むつき(睦月)」または「ふつき(文月)」の誤写という説がある。))の一日(ついたち)の日、言ひたる。「年は幾年(いくとせ)にかなりぬる」と言ひたるに、あやしがりて、数へければ、三年(みとせ)といふ一日の日にぞありける。 古(いにしへ)の言の譬ひのあらたまの年の三年に今日こそはなれ 返し。 旧(ふ)りにける年の三年を改めてわが世のことと三千年(みちとせ)を待て 男、 心よりほかに命のあらざらは三千年をのみ待ちは過ぐさじ と言ひて、この男、「いと久しきことの譬ひに過ぎぬべし。なほ、よそにてだに、いかでもの言はむ」とぞ言ひやりける。女は、われと人やりて、「や、よそにても会ふべき。この春・夏過ぐることをだに憎し。かつ、ことにして秋を」とぞ、言ひおこせたりける。 男。 会ふ道に天の河原を渡ればやことの契りに秋を頼むる 返し。 秋までと人を頼むる言の葉は露に移らぬ色ことにせむ 男、返し。 露移る紅葉散らずは秋待てと言ふ言の葉を何かわびまし 女、いかが思ひけむ。相語らひにけり。 ===== 翻刻 ===== さてすさひてやみにけり又このおとこい ひみいはすみものいひすさふる人ありけ りさのみものはかなくてありわたるおの つからとし月へにけりおとこをとせねは女 のもとよりしもつきのついたちのひいひたる/46ウ としはいくとせにかなりぬるといひたるに あやしかりてかそへけれはみとせといふつい たちの日にそありける いにしへのことのたとひのあらたまのと しのみとせにけふこそはなれ かへし ふりにけるとしのみとせをあらためて わかよのこととみちとせをまて おとこ心よりほかにいのちのあらさらはみち とせをのみまちはすくさしといひてこの 男いとひさしきことのたとひにすきぬへし/47オ なをよそにてたにいかてものいはんとそいひ やりける女はわれとひとやりてやよそにても あふへきこの春なつすくることをたににく しかつことにして秋をとそいひをこせたり けるをとこ あふみちにあまのかはらをわたれはやこ とのちきりに秋をたのむる かへし あきまてと人をたのむることのはは露 にうつらぬいろことにせん おとこかへし/47ウ 露うつるもみちちらすはあきまてと いふことのはをなにかわひまし 女いかか思ひけんあひかたらひにけり又この/48オ