平中物語 ====== 第27段 この男またはかなきもののたよりにて雲居よりも遥かに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== この男、また、はかなきもののたよりにて、雲居よりも遥かに見ゆる人ありけり。もの言ひ付くべきたよりなかりければ、「いかなるたよりして、気色見せむ」と思ひて、からうじてたよりをたづねて、もの言ひ始めてけり。 「いかで、一度(ひとたび)にても、御文ならで、聞こえしがな」と言ふを、「いかがはあべき。げに、よそにても((底本「そにても」))、言はむことをや聞かまし」と思ひけるほどに、この女の親の、わびしく、さがなき朽ち女(をな)の、さすがに、いとよくものの気色を見て、かしがましき者なりければ、かく文(ふみ)通はすと見て、文も通はさず、責め守(まぼ)りければ、この男は、「せめて対面(たいめむ)に」と言ひければ、((以下脱文あるか。)) この女ども、「『かかる人の制し給へば、雲居にてだにもえ』など、言ひ聞かせよとてなむ、迎へる」と言ひければ、「今まで、などか、おのれにはのたまざりつる。人の気色取らぬさきに、『月見む』とて、母のかたに来て、わが琴弾かむ。それに紛れて、簾(す)のもとに呼び寄せて、ものは言へ」とぞ、この来た親族(しぞく)たばかりける。 さて、この男来て、簾の内にてもの言ひける。この友達の女、「わが徳ぞ」と言ひければ、「嬉しきこと」など、男・女、言ひ語らふに、この母の女のさがな者、宵まどひして寝(ね)にける時こそありけれ、夜更けれな、目覚まして、起き上がりて、「あな、さがな。などて寝られざらむ。もしあややある」と言ひければ、この男、簀の子の内に這ひ入りて、隠れにければ、のぞきて見るに人もなかりければ、「おいや」など言ひてぞ、奥へ入りける。 その間に、男、出で来たれば、「よしこれを見給へ。かかればなん、命あらば」など言ひけるほどに、「あやしくも、いませぬるかな」と言へば、男返りぬ。   たまさかに聞けと調ぶる琴の音のあひてもあはぬ声のするかな と言ひたれば、この琴弾きける友達も、「はや、返しし給へ」と言ひけるほどに、親、聞きつけて、「いづこなりし盗人の鬼の、我が子をば搦(から)む」と言ひて、出で走り追へば、沓をだにもえ履きあへで逃ぐ。女どもは息もせで、うつぶし臥しにけり。 かかりけれど、いみじう制しければ、言(こと)の通はしをだにえせで、もの言ひけるたよりをも、たづねて寄せざりけるほどに、異人(ことひと)に合はせてけり。 さりければ、男、「親、さ合はすとも、さやはあるべき」とぞ、思ひ憂じてやみにける、 ===== 翻刻 ===== てかへりにけりこのおとこ又はかなきもののた よりにてくもゐよりもはるかにみゆる人 ありけりものいひつくへきたよりなかり けれはいかなるたよりして気色みせんと おもひてからうしてたよりをたつねて ものいひはしめてけりいかてひとたひ にても御文ならてきこゑしかなといふを いかかはあへきけにそにてもいはんことをやき かましとおもひけるほとにこの女のおやのわ ひしくさかなきくちをなのさすかにいとよく/38ウ もののけしきをみてかしかましきもの なりけれはかくふみかよはすと見てふみ もかよはさすせめまほりけれはこの男は せめてたいめむにといひけれはこの女とんかかる 人のせいしたまへはくもゐにてたにもえな といひきかせよとてなむんかへるといひけれは いままてなとかおのれにはのたまさりつる人 の気色とらぬさきに月みむとてははのかたに きてわかことひかんそれにまきれてすのも とによひよせてものはいへとそこのきたる しそくたはかりけるさてこのおとこきてすの/39オ うちにてものいひけるこのともたちの 女わかとくそといひけれはうれしきこと なとおとこ女いひかたらふにこのははの女のさか なものよひまとひしてねにけるときこそ ありけれよふけれはめさましておきあか りてあなさかななとてねられさらむもし あややあるといひけれはこのおとこすの このうちにはひ入てかくれにけれはのそ きてみるに人もなかりけれはおいやなと いひてそおくへいりけるそのまにをとこい てきたれはよしこれを見たまへかかれはなん/39ウ いのちあらはなといひけるほとにあやしく もいませぬるかなといへはおとこかへりぬ たまさかにきけとしらふることのねの あひてもあはぬこゑのするかな といひたれはこのことひきけるともたちも はやかへししたまへといひけるほとにおやきき つけていつこなりしぬす人のをにの我 こをはからむといひていてはしりおへはくつ をたにもえはきあえてにく女ともはいきも せてうつふしふしにけりかかりけれといみし うせいしけれはことのかよはしをたにえせて/40オ ものいひけるたよりをもたつねてよせ さりけるほとにこと人にあはせてけりさ りけれはをとこおやさあはすともさやは あるへきとそおもひうしてやみにける又この男/40ウ