平中物語 ====== 第26段 また男忍びて知れる人ありけり人しげき所なれば夜も明けぬ先に・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== また、男、忍びて知れる人ありけり。人しげき所なれば、夜も明けぬ先に、「人の静まれる折に」とて、帰り出でたるに、まだ暗きほどなれば、「いかで帰らむ」と思へど、いとかたかりければ、門(かど)の前に渡したる橋の上に立ちて、言ひ入る。   夜半に出でて渡りぞかぬる涙川淵とながれて深く見ゆれば と言ひ入れたれば、女も寝(ね)でぞ起きたりける。返し。   小夜中に遅れてわぶる涙こそ君が渡りの淵となるらめ 男、「いとあはれ」と思ひて、「また、もの言ひ入れむ」と思へど、大路に人などありければ、たてらで((影印「ら」字見えず。))帰りにけり。 ===== 翻刻 ===== ん又おとこしのひてしれる人ありけり 人しけきところなれはよもあけぬさきに/37ウ 人のしつまれるおりにとてかへりいてたるに またくらきほとなれはいかてかへらむとおもへと いとかたかりけれはかとのまへにわたしたるは しのうゑにたちていひいる よはにいててわたりそかぬるなみたかは ふちとなかれてふかくみゆれは といひいれたれは女もねてそおきたりける かへし さよなかにおくれてわふるなみたこそき みかわたりのふちとなるらめ をとこいとあはれとおもひて又ものいひいれんと/38オ おもへとおほちに人なとありけれはたて てかへりにけりこのおとこ又はかなきもののた/38ウ