平中物語 ====== 第24段 またこの男親近江なる人にいと忍びて住みけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== また、この男、親、近江なる人に、いと忍びて住みけり。 さる間に、この女の親、気色をや見けん、口説(くぜ)ち、まもり、いさかひて、日も少し暮るれば、門(かど)差してうかがひければ、女は思ひさはり、男、会ふよしもなくて、からうじて築地(ついひぢ)を越えて、この男、入りにけり。 常にもの言ひ伝へさする人に、たまさかに会ひにけり。さて、それして、「築地を越えてなむ参り来つる」と言はせけるを、親、気色見て、いみじく騒ぎののしりければ、「さらに対面(たいめん)すべくもあらず。はや帰りね」とぞ言ひ出だしたりければ、「行く先はともかくもあれ、つゆにても『あはれ』と思はるるものならば、今宵帰りね」と、せちに言ひ出だしたりける。 「帰る」とて、男、   みるめなみ立ちやかへらむあふみぢは名のみ海なる浦と恨みて とて帰りぬ。 また、女、返し。   関山の嵐の風の寒ければ君にあふみは波のみぞ立つ さりけれど、この男、いらへをだにせずなりにけり。 何の身の高きにもあらず、親、かく憎げに言ふ。めざまし。女も親につつみければ、さてやみぬ。 ===== 翻刻 ===== とまりにけりのちいかかなりにけん又 このをとこおやあふみなる人にいとしのひ てすみけりさるあいたにこの女のおやけ/30オ しきをやみけんくせちまもりいさ かひてひもすこしくるれはかとさし てうかかひけれは女はおもひさはりおとこ あふよしもなくてからうしてついひちを こえてこのをとこいりにけりつねにもの いひつたへさする人にたまさかにあひにけり さてそれしてついひちをこえてなむまい りきつるといはせけるをおや気色みて いみしくさわぎののしりけれはさらにたい めんすへくもあらすはやかへりねとそ いひいたしたりけれはゆくさきは/30ウ ともかくもあれつゆにてもあはれとおも はるるものならはこよひかへりねとせちに いひいたしたりけるかへるとておとこ 見るめなみたちやかへらむあふみちは なのみうみなるうらとうらみて とてかへりぬ又女かへし せきやまのあらしの風のさむけれは きみにあふみはなみのみそたつ さりけれとこのおとこいらへをたにせす なりにけりなにの身のたかきにもあ らすおやかくにくけにいふめさまし女も/31オ をやにつつみけれはさてやみぬまたこの/31ウ