[[index.html|古今著聞集]] 魚虫禽獣第三十
====== 722 唐土に北叟といふ翁ありけり賢く強き馬をなん持ちたりける・・・ ======
===== 校訂本文 =====
唐土(もろこし)に北叟といふ翁ありけり。賢く強き馬をなん持ちたりける。これを人にも貸し、われも使ひつつ世を渡る頼りにしけるほどに、この馬いかがしたりけん、いづちともなく失せにけり。聞きわたる人、「いかばかり歎くらん」と思ひて、とぶらひければ「悔いず」とばかり言ひて、つゆも歎かざりけり。
「怪し」と思ふほどに、この馬、同じさまなる馬をあまた具して来にけり。いとありがたきことなれば、親しき踈(うと)き、喜びを言ふ。かかれどまた、「喜ばず」と言ひて、これも驚く気色なし。
かくて、この馬あまたを飼ひて、さまざまに使ふあひだに、翁が子、いま出で来り、馬に乗りて落ちて、右の腕(かひな)を突き折りて、聞く人、また驚き問ふにも、なほ、「悔ひず」と言ひて、気色変はらず。
さるほどに、にはかに国に戦(いくさ)おこりて、兵(つはもの)を集め((「集め」は底本「はつめ」。諸本により訂正。))られけるに、国の内にさもある者、残りなく戦に出でて、みな死にけり。この翁が子、片輪なるによりて、この中に漏れにければ、片手は折れたれども、命は全(また)かりけり。
これ、かしこきためしに言ひ伝へたり。唐土のことなれども、いささかこれを記せり。
===== 翻刻 =====
もろこしに北叟といふ翁ありけりかしこくつよき
馬をなんもちたりけるこれを人にもかしわれも
つかひつつ世をわたるたよりにしける程にこのむま
いかかしたりけんいつちともなくうせにけりききわた
る人いかはかりなけくらんとおもひてとふらひけれ
はくひすとはかりいひてつゆもなけかさりけりあや/s562l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/562
しとおもふ程にこの馬おなしさまなる馬をあまた
くしてきにけりいとありかたきことなれはしたし
きうときよろこひをいふかかれと又よろこはすといひ
てこれもおとろくけしきなしかくて此馬あま
たをかひてさまさまにつかふあひたに翁か子いまいて
きたり馬にのりてをちて右のかひなをつき
おりてきく人またおとろきとふにも猶くひすと
いひてけしきかはらすさるほとににはかに国に
いくさをこりてつは物をはつめられけるにくに
のうちにさもあるもののこりなくいくさにいてて
みなしにけりこの翁か子かたはなるによりて/s563r
このなかにもれにけれはかたてはおれたれとも
いのちはまたかりけりこれかしこきためしにいひ
つたへたりもろこしのことなれともいささかこれ
をしるせり/s563l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/563