[[index.html|古今著聞集]] 魚虫禽獣第三十
====== 709 宮内卿業光卿のもとに盃酌のことありけるに炭櫃の辺に螺を多く・・・ ======
===== 校訂本文 =====
宮内卿業光卿((平業光))のもとに盃酌のことありけるに、炭櫃(すびつ)の辺に螺(にし)を多く取り置きたりけるに、亭主、酒に酔(ゑ)いて、その炭櫃を枕にして寝入りにけり。
その夜の夢に、小さき尼、その数多く炭櫃の辺に並みゐて、面々に泣き悲しみて、さまざまくどきごと((「ごと」は底本「いと」。諸本により訂正。))をしけり。おどろきて見れば、ものもなし。また寝入れば、さきのごとくに見ゆ。かくて、たびたびになりけれども、おほかたその心を得ぬに、暁にのぞみて、また目をもて開けて見るに、螺の中に小尼少々混りて、うつつに見えて、やがて失せにけり。驚きあさみて、それより長く螺をば食はざりけり。
また、右近大夫信光((藤原信光))といひし者は、蛤(はまぐり)をこのやうに夢に見て、みな放ちたりけるとかや。螺・蛤は、まさしく生きたるを食ひ侍れば、かく夢にも見ゆるにこそ。無慚(むざん)のことなり。
===== 翻刻 =====
宮内卿業光卿のもとに盃酌の事ありけるにすひ/s551r
つの辺ににしをおほくとりをきたりけるに亭主酒
にゑいてそのすひつを枕にしてねいりにけり其夜の
夢にちいさき尼そのかすおほくすひつの辺になみ
ゐて面々になきかなしみてさまさまくときいとをし
けりおとろきて見れはものもなし又ねいれはさきの
ことくにみゆかくてたひたひになりけれともおほかた
その心をえぬにあか月にのそみて又めをもてあけ
て見るににしの中に小尼せうせうましりてうつつに
見えてやかてうせにけりおとろきあさみてそれ
よりなかくにしをはくはさりけり又右近大夫信光
といひしものははまくりをこのやうにゆめに見てみな/s551l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/551
はなちたりけるとかやにしはまくりはまさしくいき
たるをくひ侍れはかく夢にも見ゆるにこそむさん
の事也/s552r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/552