[[index.html|古今著聞集]] 魚虫禽獣第三十 ====== 696 ある田舎人京上りして侍りけるが宿にて天道ぼこりしてゐたりけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== ある田舎人、京上(みやこのぼ)りして侍りけるが、宿(やど)にて天道(てんたう)ぼこりしてゐたりけるに、首のほどの痒かりけるをさぐりたれば、大きなる白虫(しらみ)の食ひ付きたりけるなり。それをあとなくて、腰刀を抜きて柱を少し削りかけて、その中にへしこめて、はたらかぬやうに押し覆ひてけり。さて、この主(ぬし)、田舎へ下りぬ。 次の年上りて、またこの宿にとどまりぬ。ありし折の柱を見て、「さても、この中にへし入れし白虫、いかがなりぬらん」とおぼつかなくて、削りかけたる所を引き開けて見れば、白虫の、身もなくて痩せがれていまだあり。「死にたるか」と見れば、なほはたらきけり。不思議に覚えて、おのが腕(かひな)に置きて見れば、やをらづつはたらきて、腕に食ひ付きぬ。いと痒く覚えけれども、いまだ生きたるか無慚(むざん)さに、「ことのやう見ん」とて、なほ食はせをりけるほどに、次第に食ひて、身赤みける折、払ひ捨ててけり。 その這ひたる跡、あさましく痒くて、掻きゐたりけるほどに、やがて腫れて、いくほどもなきをびたたしき瘡(かさ)になりにけり。とかく療治(れうぢ)すれどもかなはず。つひにそれをわづらひて死にけり。 白虫は下臈などはなべてみな持ちたれども、いつかはその食ひたるあと、かかることある。これは去年よりへしつめられて過ぐしたる((底本「たる」なし。諸本により補う。))思ひ通りて、かく侍りけるにや。あからさまにも、あどなきことをはすまじきことなり。 ===== 翻刻 ===== 或田舎人京上して侍けるかやとにて天道ほこり してゐたりけるにくひの程のかゆかりけるをさくりた れは大なる白虫の食つきたりける也それをあと なくて腰刀を抜て柱をすこしけつりかけて 其中にへしこめてはたらかぬやうにをしおおいてけり さてこのぬし田舎へ下りぬ次のとしのほりて又此や とにととまりぬありしおりの柱をみてさてもこの中 にへしいれし白虫いかかなりぬらんとおほつかなくて/s543r けつりかけたる所をひきあけてみれは白虫のみもな くてやせかれていまたありしにたるかと見れは猶は たらきけりふしきにおほえてをのかかいなにをき てみれはやをらつつはたらきてかいなにくひつきぬいと かゆくおほえけれともいまたいきたるかむさんさに事の やう見んとて猶くはせをりける程にしたひにくひ て身あかみけるおりはらひすててけり其はひたる 跡あさましくかゆくてかきゐたりける程にやかて はれていく程もなきをひたたしき瘡に成にけり とかくれうちすれともかなはすつゐにそれをわつら ひて死にけり白虫は下臈なとはなへてみなもちたれ/s543l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/543 ともいつかはそのくひたるあとかかる事あるこれは 去年よりへしつめられてすくし思とをりてかく侍ける にやあからさまにもあとなき事をはすましき事也/s544r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/544