[[index.html|古今著聞集]] 草木第二十九
====== 659 長治二年後の二月二十日あまりのころ内の女房殿上人少々花を見侍りけるに・・・ ======
===== 校訂本文 =====
長治二年((堀河天皇の御代))後の二月二十日あまりのころ、内の女房・殿上人少々、花を見侍りけるに、二十三日に一枝を折りて奉るべきよし、天気ありけれども、日暮れて奉らざりけり。
「その恨みあり」とて、次の日、左右を分かちて花を合はせられけり。左方の人々、桜の枝を折りて、右衛門の陳((陣に同じ。))の潺湲(せんくわん)に移し立てて、五枝を選びて、持て参りけり。備後介有賢朝臣((源有賢))、拍子を取りて、桜人を歌ひけり。絃管((「管」は底本「官」。諸本により訂正。))をもつけ侍りけり。
この花を泉の御所に移し植ゑて釣殿(つりどの)にて御遊ありけり。右方、花遅かりければ、上達部五人をつかはされけり。洲浜に立てて持て参りけり。その後、満座和歌を奉るべきよし、勅定ありて、人々つかうまつりけり。(『為範記』((『為範記』は現存しない。))に見えたり)
===== 翻刻 =====
長治二年後二月廿日あまりの比内の女房殿上人少々
花を見侍けるに廿三日に一枝をおりて奉るへき
よし天気ありけれとも日くれて奉らさりけり其
恨ありとて次日左右を分て花を合られけり左方
の人々桜の枝を折て右衛門陳の潺湲にうつし
たてて五枝をえらひてもてまいりけり備後介/s521r
有賢朝臣拍子を取て桜人をうたひけり絃官を
もつけ侍けり此花を泉の御所にうつしうへてつり
殿にて御遊ありけり右方花をそかりけれは上
達部五人をつかはされけり洲浜にたててもてまいり
けり其後満座和歌をたてまつるへき由勅定あ
りて人々つかうまつりけり(為範記/みえたり)/s521l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/521