[[index.html|古今著聞集]] 草木第二十九
====== 658 嘉保二年八月二十八日上皇鳥羽殿にて前栽合ありけり・・・ ======
===== 校訂本文 =====
嘉保二年八月二十八日、上皇((白河上皇))、鳥羽殿にて前栽合(せんざいあはせ)ありけり。兼日(けんじつ)に方人を分かたれけり。公卿・殿上人・蔵人所の衆・御随身に至るまで、左右を分かたれけり。
権中納言基忠卿((藤原基忠))を左方の頭とす。右宰相中将宗通卿((藤原宗通))を右方の頭とす。このほか公卿二人・殿上人十余人((「十余人」は底本「余人」。諸本により訂正。))あひ分かれけり。南殿の寝殿((「寝殿」は底本「殿」なし。諸本により補う。))の巽の角の南は((「南は」は底本「南の」。文脈により訂正。))女院((白河天皇皇女郁芳門院媞子内親王))の御方なり。彼にてこの興あり。
まづ、大殿((藤原師実))・関白殿((藤原師通))・左大将((藤原忠実))、あひ分かれて、左方に候ひ給ひけり。左大臣((源俊房))・中宮大夫((源師忠))・民部卿((源俊明))、右方に候ふ。これらは仰せによりて両座に分かれけるなり。方人、左、右衛門督(公実)((藤原公実))・藤中納言(基忠)・江中納言(匡房)((大江匡房))、右、左衛門督(俊実)((源俊実))・治部卿(通俊)((藤原通俊))・宰相中将(宗通)、みな直衣。大殿は烏帽子・直衣なり。
まづ右方の人々((「人々」は底本「人に」。諸本により訂正。))参りて、灯台を立つ。かねての仰せによりて、風流ならびに((「ならびに」は底本「なよひに」。諸本により訂正。))数さしの興はとどめられけり。しかうして灯台など美麗にて、銀の皿をすゑたりけり。前栽五つ・長櫃、武者所おのおの二人かきて階(はし)の西にこれを置く。透長櫃に丹青をほどこして、作花(つくりばな)をもて飾りたりける。殿上人・方人以下(いげ)みな布衣(ほい)なりけり。次に左方をもよほす。花ならびに掌灯等、遅々して時刻((「時刻」は底本「時冠」。諸本により訂正。))おしうつりけり。掌灯の具は右方の人に取り隠されたりけるにや、すこぶる面目なくぞ侍りける。やや久しくして、小灯台を殿上の六位して立てさせたりけり。その後、前栽五つ・長櫃を供す。おのおの錦の打敷(うちしき)あり。洲浜(すはま)の上にませを結ひて、前栽を植ゑたりけり。左右おのおの萩・女郎花・薄・菊などを盛りけり。これすなはち今日の和歌の題なりとぞ。
左方の和歌、鏡をば((「鏡をば」は底本「鏡をえ」。諸本により訂正。))錦に付けて、鏡の上に歌を書きたりけり。右方の歌、紅の薄様に書きたりけり。木工助源明国は、扇にぞ書きたりける。その後、方の六位、庭中に下りて和歌を取りて、御前に置きけり。その後、講師を召す。左、宗忠((藤原宗忠))、右、能俊((源能俊))なり。左右の殿上人、階をはさめて欄干に候ひて、おのおの和歌を講じけり。一番講ぜらるる間、右方、虫を籠に入れて、二籠奉りたりけり。その籠にも歌を付けたり。虫の声に聞き入りて、いと興あることなりけり。
今夜、仰せによりて、左大臣((源俊房))和歌を判じ給ふ。右方、勝ちにけり。人々退出す。右方なほ御前に候ひて和歌を詠じけるとぞ。『中右記』((藤原宗忠の日記))に見えたり。
===== 翻刻 =====
嘉保二年八月廿八日上皇鳥羽殿にて前栽合あ
りけり兼日に方人をわかたれけり公卿殿上人
蔵人所衆御随身にいたるまて左右をわかたれけり
権中納言基忠卿を左方の頭とす右宰相中将宗
通卿を右方の頭とすこの外公卿二人殿上人餘人あ
ひわかれけり南殿の寝の巽角の南の女院御方也
彼にてこの興あり先大殿関白殿左大将相分て
左方に候給けり左大臣中宮大夫民部卿右方に
さふらふこれらは仰によりて両座にわかれける也/s519l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/519
方人左右衛門督(公実)藤中納言(基忠)江中納言(匡房)
右左衛門督(俊実)治部卿(通俊)宰相中将(宗通)みな
直衣大殿は烏帽子直衣也先右方の人にまいりて
燈臺をたつかねての仰によりて風流なよひに
かすさしの興はととめられけり然而燈臺なと美
麗にて銀のさらをすへたりけり前栽五長櫃武
者所各二人かきて階のにしにこれををく透長櫃
に丹青をほとこして作花をもてかさりたりける
殿上人方人以下みな布衣なりけり次左方をも
よをす花ならひに掌燈等遅々して時冠をしうつ
りけり掌燈の具は右方の人にとりかくされたりける/s520r
にや頗面目なくそ侍けるやや久しくして小燈臺
を殿上の六位して立させたりけり其後前栽五長
櫃を供す各錦の打敷あり洲浜のうへにませをゆい
て前栽をうへたりけり左右各萩女郎花薄菊なと
をもりけり是則今日の和哥の題なりとそ左方
和哥鏡をえ錦に付て鏡の上に哥をかきたりけり
右方哥紅薄様にかきたりけり木工助源明国は扇にそ
書たりける其後方六位庭中にをりて和哥をとり
て御前にをきけり其後講師をめす左宗忠右能
俊也左右の殿上人階をはさめて欄干に候て各和
哥を講しけり一番講せらるる間右方虫を籠に/s520l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/520
入て二籠たてまつりたりけり其籠にも哥をつけ
たり虫声に聞入ていと興ある事也けり今夜仰
によりて左大臣和哥を判し給右方勝にけり
人々退出右方なを御前に候て和哥を詠しける
とそ 中右記にみえたり/s521r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/521