[[index.html|古今著聞集]] 変化第二十七 ====== 606 大納言泰通の五条坊門高倉の亭は父侍従大納言の家にて古き所なり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大納言泰通((藤原泰通))の五条坊門高倉の亭は、父侍従大納言((藤原成通))の家にて、古き所なり。あひ継ぎて住まれけるほどに、狐多く、常に化けけり。されども、ことなることなどし出だしたることもなければ、さて過ぎられけるに、年を経てますますに化けけるほどに、大納言怒り給ひて、「狐狩りをして、種(たね)を断ちてん」と思ひて、侍どもに、みなそのやうを仰せてけり。「明日(あす)、下人どもあまた具して、一人も漏れずみな参るべし。面々に杖また弓矢など用意すべき」よし仰せつ。「明日、四方をよくかためて、築地の上、屋の上に人を立て、また天井の上に人を入れて、みなかり出だして、出でん所を打ち殺し、射殺さん」と定めてけり。 さるほどに、その暁方(あかつきがた)に、大納言の夢に見給ふやう、年たけ、白髪(しらが)白き大童子の木賊(とくさ)の狩衣着たる一人、西向のつぼの柑子の木のもとにかしこまりてゐたり((「たり」は底本「たる」。諸本により訂正。))。大納言、「あれは何者ぞ」と問はれければ、恐れ恐れ申しけるは、「これは年ごろこの殿の御内に候ふものなり。われ二代まで、あひ続きて候ふほどに、子供・孫などあまた出で来て候ふ。おのづから狼藉を((「子供・孫」からここまで底本なし。諸本により補う。))振舞ひ候ふことなど、心の及び候ふほどは制止候へども、用ゐ候はぬによりて、今かたじけなく御勘気にあづかり候ふこと((「候ふこと」は底本「候候事」。))もつともその謂はれあることに候ふ。明日みな命を断たれ参らすべきよしを承り候ふ。御沙汰のやう承り及び候ふに、まことにいかでか一人も逃げ逃るるもの候ふべき。今夜ばかりの命悲しく候ひて、恐れ恐れ、「愁へ申し上げ候はん」とて、参りて候ふなり。まげてこのたびの御勘当をば許し給はり候へ。今より後、おのづからもしれごとつかうまつり候はば、その時いかなる御勘当も候ふべきなり。若く候ふ奴ばらに、この御気色のやう申し含め候ひなば、いかでかこり侍らず候ふべき。あやまりて御守りとなり候ひて、今より後は、御内の御吉事などをば、必ず継げ示し参らすべく候ふ」と言ひて、かしこまりゐたると見るほどに、夢覚めぬ。 夜も明けて、しらじらとなりにければ、大納言起き給ひて、端(はし)の遣戸(やりど)開けて見出だされければ、夢にこの大童子かゐたると見ゆる木のもとに、老狐の毛も無きが一匹((「一匹」は底本「一」なし。諸本により補う。))あり。大納言を見奉りて、恐れたる((「恐れたる」は底本「れそれたる」。諸本により訂正。))体にて、やをら簀子(すのこ)の下へ這ひ入りにけり。不思議に覚えて、その日の狐狩りはとどめてけり。 その後は、化物(ばけもの)長くなくなりぬ。家中に吉事あらんとては、必ず狐鳴きて告げければ、かねて思ひ知りけるとぞ。 ===== 翻刻 ===== 大納言泰通の五条坊門高倉の亭は父侍従大納 言の家にてふるき所なりあひつきてすまれける 程に狐おほくつねにはけけりされともことなる事 なとしいたしたる事もなけれはさてすきられけ るにとしをへてますますにはけけるほとに大納言 いかり給て狐かりをしてたねをたちてんと思 て侍ともにみな其様を仰てけりあす下人とも あまたくして独ももれすみなまいるへし面々に 杖又弓矢なと用意すへき由おほせつあす四 方をよくかためて築地の上屋のうへに人をたて 又天井のうへに人をいれてみなかりいたして/s481r いてん所を打殺し射ころさんとさためてけりさる 程にそのあかつきかたに大納言の夢に見給ふや う年たけしらかしろき大童子のとくさのかりきぬ きたる一人西向のつほの柑子木のもとにかし こまりて居たる大納言あれはなにものそと問 れけれはおそれおそれ申けるはこれは年比この殿 の御内に候物也われ二代まてあひ続て候ほと に振舞候事なと心のをよひ候程は制止候へとも もちゐ候はぬによりていまかたしけなく御勘気に あつかり候候事尤其謂あることに候明日みな 命をたたれまいらすへきよしを承候御沙汰のやう/s481l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/481 承及候にまことにいかてか一人も逃のがるるもの候へ き今夜はかりのいのちかなしく候て恐々うれへ 申上候はんとてまいりて候なりまけてこのたひ の御勘当をはゆるしたまはり候へ今よりのちお のつからもしれことつかうまつり候はは其時いかなる 御勘当も候へきなりわかく候奴原にこの御気色 のやう申含候なはいかてかこり侍らす候へきあや まりて御まもりとなり候て今より後は御内の 御吉事なとをはかならすつけしめしまいらすへ く候といひてかしこまりいたると見るほとに夢さ めぬ夜もあけてしらしらとなりにけれは大納言を/s482r き給てはしの遣戸あけて見いたされけれは夢 にこの大童子かいたるとみゆる木のもとに老狐の 毛もなきか匹あり大納言をみたてまつりてれそれ たる体にてやをらすのこのしたへはい入にけりふし きにおほえて其日のきつねかりはととめてけりそ ののちははけ物なかくなくなりぬ家中に吉事 あらんとては必きつねなきて告けれはかねて思し りけるとそ/s482l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/482