[[index.html|古今著聞集]] 変化第二十七 ====== 596 五宮の御室しづかなる夕べただ今御手水召してただ一所おはしましけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 五宮の御室((覚性法親王))、しづかなる夕べ、ただ今御手水(てうづ)召して、ただ一所おはしましけるに、御簾をかかげて長(たけ)一尺七・八寸ばかりなる者の足一つあるが、顔・姿さすが人のやうなりながら、かわほりのつらに似たる参りて、御前に候ひけるを、「あれは何者の容態(ようだい)ぞ」と仰せられければ、「おのれは餓鬼にて候ふなり。水の飢ゑたる((「たる」は底本「たき」。諸本により訂正。))こと耐へがたく候ふ。世間に人のわづらひあひ候ふおこり心地と申し候ふことは、おのれがいたすことに候ふ。われと水を求め候へば、いかにも得がたく候ひて、人につきて、それが飲み候ふに、飢ゑを休め候ふなり。しかあるを、もろもろの人、君に申して、御手跡にても御念珠にてもを賜はり候ひて、身に触れ候ふ者は、われに犯さるること候はず。まして御加持など候ひぬれば、あたりへだにも寄らず候ふ。これにより候ひて、水の欲しう候ふこと、耐へ忍ぶべくも候はず。助けさせおはしませ」と申しければ、いとほしく思し召して、「まことに聞くがごとくならば、不便なることなり。これより後こそ、その心を得め」とて、御盥(たらひ)にみづから水を入れさせ給ひて、賜はせければ、うちうつぶきて、よによげにすはすはとみな飲みてけり。「なほ欲しきか」と問はせ給へば、「すべて飽く時なく候ふ」と申しければ、水生の印を結ばせ給ひて、御指を一口にさし当て寄せ給へば、嬉しげに思ひて、吸ひ付き参らせけり。 さるほどに、その御指より次第に御苦痛ありて、御身までせき上(のぼ)れば、はらひ捨てさせ給ひて、火印を結ばせ給ひければ、御心地もとのごとくならせ給ひにけり。 ===== 翻刻 ===== 五宮の御室しつかなる夕たたいま御手水めして たた一所おはしましけるに御簾をかかけて長一尺七八 寸はかりなるものの足一あるかかほすかたさすか人のやう なりなからかわほりのつらに似たるまいりて御前に候ける をあれはなにもののやうたゐそと仰られけれはをのれ は餓鬼にて候也水のうへたき事たへかたく候世間に/s469l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/469 人のわつらひあひ候をこり心地と申候事はをのれかいた す事に候われと水を求候へはいかにも得かたく候 て人につきてそれかのみ候にうへをやすめ候也しかある をもろもろの人君に申して御手跡にても御念珠にて もをたまはり候て身にふれ候ものはわれにをかさるる事 候はすまして御加持なと候ぬれはあたりへたにもよらす候 これにより候て水のほしう候事たへしのふへくも候はすた すけさせおはしませと申けれはいとをしくおほしめし てまことにきくかことくならは不便なる事也これより 後こそ其心をえめとて御盥にみつから水を入させ給て たまはせけれはうちうつふきてよによけにすはすはと/s470r みなのみてけり猶ほしきかととはせ給へはすへてあく ときなく候と申けれは水生の印を結ばせ給て御指 を一口にさしあてよせたまへはうれしけに思てすいつき まいらせけりさる程に其御指より次第に御苦痛ありて御身 まてせきのほれははらひすてさせ給て火印をむす はせたまひけれは御心地もとのことくならせ給にけり/s470l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/470