[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五 ====== 551 近ごろ一生不犯の尼ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 近ごろ、一生不犯の尼ありけり。いまだよはひ盛りにて、見目・ことがら清げなりけり。世さまもわびしからずぞ侍りける。 物詣でしける時、ある僧、この尼を見てたへがたく艶(えむ)に覚えけれども、いかがはせん、思ひのあまりに、家を見せおきて帰りにけり。 その後、思ひ忘るることなく、ひしと心にかかりて日数を送りけり。いかにも、さてやむべき心地もせねば、人知れぬ思ひをしるべにて、かの尼のもとに尋ね行きぬ。この僧、見目・ことがら、よに尼に似たりければ、「尼のまねをして使はれて、隙(ひま)をうかがはむ」と思ひて行きたりけり。 かしこにて、「物申し候はん」と案内(あない)しければ、やがて主(あるじ)の尼出でて、「誰(たれ)にか」と問へば、この僧、胸うちさはぎて、いよいよたへがたく覚ゆるを念じて、「別(べち)のことには候はず。世にうはの空なるやうに候へども、宮仕へつかうまつらんとて参りて候ふなり。年ごろ憑(たの)みて侍りし男におくれ候ひて、憑むかたなきひとりうどにて候ふ。男むなしく見なし候ひにし日より、さまを変へて候へば、世の常の宮仕へなどもかなふまじく候ふ。かやうに御遁世の御あたりには、おのづから召し使はるることもや候ふとて、参りて候ふ」と言ひければ、げにもうはの空には覚ゆれども、さしあたりて人も欲しかりければ、その心の底をば知らねども、ものうち言ひたるさまなどもおだしげなれば、さうなく受け取りてけり。この僧、まづしおほせたる心地して、末も頼もしうぞ思ひける。 さて、宮仕ふに、かひがひしくまめにて、しかもまた女とも覚えず、すくよかなるかたさへありて、ことにおきて大切(たいせち)なりければ、一筋に家の中のこと言ひ付けて、またなき大事の者にてぞ侍りける。 かくて今年も過ぎぬ。今はこれほどの大事の者に思はれぬれば、ただ世渡りにも不足なければ、心の中の本意(ほい)をば、とかく思ひなぐさみて過ぐしけり。次の年の冬のころよりは、「夜寒からん。今はわが衣の下にも寝よ」など言へば、嬉しきことかぎりなし。さるにつけても、いよいよ心のはたらくこと、しづめがたけれども、なほとかく心にからかひて、その年も暮れぬ。 この尼、正月七日は((底本「は」なし。諸本により補う。))別時して、持仏堂に候ひて、斎(とき)・非時(ひじ)の折ばかりぞ出でむする((「出でむする」は底本「きてむすき」。諸本により訂正。))とて、その間のことども、この今参りの((「今参りの」は底本「の」なし。諸本により補う。))尼によく言ひ置きて、朔日(ついたち)より仏の御前に行ひて候ひけり。七日が間勤めよくして、八日は例のごとくにてありけり。日ごろなる精進なる上、さまざまの勤めに身もくたびれにけるにや、その夜はだらりとして寝たりけり。 この僧思ふやう、「数ふれば今年は三年(みとせ)になりぬ。何事をむねとしてかくては侍るぞ。いかにもあらばあれ、ただ今とり付きて、こときりてん」と思ひて、寝入りたる尼の股を広げて挟まりぬ。かねてよりしかりまうけたるおびたたし物を、やうもなく根本まで突き入れけり。おほきにおびえまどひて、何と言ふことなく引き外して、持仏堂の方へ走りて行きぬ。この僧、「あはれ、さ思ひつることを。今はよきことあらじ。いかがせんずる」と胸さはぎて、すみもとにかがまりゐて聞けば、この尼、持仏堂にて、鐘をあまたたびちやうちやうともの騒がしげに打ちて、何とやらん、もの申す音して帰り来けり。 この僧、「いかなる耳聞かむずらむ」と、いよいよ咎(とが)のがる((「のがる」は底本「のかき」。諸本により訂正。))べくも覚え侍らぬに、この尼、思はずに気色悪しからで、「いづくにぞ」と尋ぬる声す。嬉しく覚えて、「ここに候ふぞ」と答へければ、やがて股を広げて、おほはりかかりてければ、かへすがへす思ひのほかに覚えて、やがて押し伏せて、年ごろの本意(ほい)、思ひのごとくに責め伏せてけり。 「さても、何とて一番には引き抜きて、持仏堂へは入り給へるぞ」と問ひければ、「そのことなり。『これほどによきことを、いかがはわればかりにてはあるべき。上分仏に参らせん』とて、鐘打ち鳴らしに参りたりつるぞ」と答へける。 その後は、うち絶えて隙(ひま)もなくしければ、女男(めをとこ)になりてぞ侍りける。 ===== 翻刻 ===== 近比一生不犯の尼ありけりいまたよはひさかりにて 見めことからきよけなりけり世さまもわひしからすそ 侍ける物まうてしける時或僧此尼を見てたへ かたくえむにおほえけれともいかかはせん思のあま りに家をみせをきて帰にけり其後思忘る事 なくひしと心にかかりて日数を送りけりいかにも さてやむへきここちもせねは人しれぬ思をしる へにて彼尼のもとに尋ゆきぬ此僧見めことから よに尼に似たりけれは尼のまねをしてつかはれ/s437r てひまをうかかはむと思て行たりけりかしこ にて物申候はんとあないしけれはやかてあるし の尼いててたれにかととへは此僧胸うちさはきて いよいよたへかたくおほゆるをねんしてへちの事 には候はす世にうはの空なるやうに候へともみやつ かへつかうまつらんとてまいりて候なり年比憑て侍 し男にをくれ候て憑かたなきひとりうとにて 候男むなしくみなし候にし日よりさまをかへて 候へはよのつねのみやつかへなともかなうましく候 かやうに御遁世の御あたりにはをのつからめし つかはるる事もや候とてまいりて候といひけれは/s437l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/437 けにもうはの空にはおほゆれともさしあたりて 人もほしかりけれは其心の底をはしらねとももの うちいひたるさまなともおたしけなれはさうなく うけとりてけり此僧まつしおほせたる心ちして すゑもたのもしうそ思けるさてみやつかふにかひかひ 敷まめにてしかも又女ともおほえすすくよかな るかたさへありてことにをきてたいせちなりけれは 一すちに家の中の事いひつけて又なき大事 の物にてそ侍けるかくてことしも過ぬいまはこれ ほとの大事の物におもはれぬれはたた世わたり にも不足なけれは心の中のほいをはとかく思/s438r なくさみてすくしけり次の年の冬の比よりは 夜るさむからんいまはわか衣のしたにもねよなとい へはうれしき事かきりなしさるにつけてもいよいよ 心のはたらく事しつめかたけれとも猶とかく 心にからかひて其年も暮ぬ此尼正月七日別時 して持仏堂に候てときひしの折はかりそいて むすきとてそのあひたの事とも此いままいり 尼によくいひをきて朔日より仏の御前に おこなひて候けり七日かあひたつとめよくし て八日はれいのことくにてありけりひころなる 精進なるうへさまさまのつとめに身もくたひれ/s438l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/438 にけるにやその夜はたらりとしてねたりけり 此僧思やうかそふれはことしはみとせになり ぬ何事をむねとしてかくては侍そいかにもあら はあれ只今とりつきてこときりてんとおもひてね いりたる尼のまたをひろけてはさまりぬかね てよりしかりまうけたるおひたたし物をやう もなくねもとまてつきいれけりおほきにをひ えまとひて何といふことなくひきはつして持 仏堂のかたへはしりてゆきぬ此僧あはれさ 思つる事をいまはよき事あらしいかかせんする とむねさはきてすみもとにかかまりゐてきけは/s439r 此尼持仏堂にてかねをあまたたひちやうちやうと 物さはかしけにうちてなにとやらん物申をとして かへりきけり此僧いかなるみみきかむすらむとい よいよとかのかきへくもおほえ侍らぬに此尼おもはす に気色あしからていつくにそと尋ぬる声すうれ しくおほえてここに候そとこたへけれはやかてま たをひろけておほはりかかりてけれは返々思の 外におほえてやかてをしふせてとし比のほい思 のことくにせめふせてけりさても何とて一はんに は引ぬきて持仏堂へはいり給へるそととひけれは その事也是程によき事をいかかはわれはかりにては/s439l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/439 あるへき上分仏にまいらせんとてかねうちならしに まいりたりつるそとこたへける其後はうちたへ て隙もなくしけれは女男になりてそ侍ける/s440r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/440