[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五 ====== 542 同じ院に屁ひりの判官代といふ者ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 同じ院((七条院。高倉天皇皇妃藤原殖子。[[s_chomonju540|540]]参照。))に、「屁ひりの判官代」といふ者ありけり。後には宮内大輔になりて侍りしにや。幼なくより不便の者に思し召して、近く召して使ひけるが、屁をひるよりほかのことなかりけり。立つにもひり、ゐるにもひり、はたらく拍子ごとにひりけり。わざとせむとしもなかりけれども、病にてかく侍りけるとかや。上をはじめて、みなならひにければ、おかしみ笑ふこともなかりけり。 ある日、孝道朝臣((藤原孝道))参りたりけるに、女院、御興懐(きようかい)に、判官代を召して仰せられけるは、「あれに参りたる者こそ、おのれが病をばよく療治する者にて侍るなれ。会ひて問へかし」と仰せられければ、「いまだなれぬものにて候ふ。いかが候ふべからん」とし申ける。「何かは苦しからん」と仰せられければ、走り向かひて、進み出でて言ふやう、「かへすがへす思ひかけぬ申しごとにては候へども、世にあさましき病を持ちて候ふを、それによく療治のやうを知らせ給ひたるよし承り候ふあひだ、無礼を忘れて参りて候ふ」と言ひければ、孝道朝臣、「何事にか候ふ」と言へば、いとすずろきて、とみに言ひも出ださず。 とばかりありて、「別(べち)のことには候はず。屁のいたく((「いたく」は底本「いて」。諸本により訂正。))ひられ候へば、晴れにてもえ控へ候はず、御所にてもつかうまつられ候へば、かつは便なきかたも候ふ。いかがつかうまつり候ふべき」と言ひければ、孝道、心はやき者にて、「はやく、人に化(け)ささせられにけり」と心得て、「よにやすきことに候ふ。薬も候ふ。焼く所も候ふ。それもうるさく候ふに、やすき療治には、御宿所に出でて、しばしこれを大事と思ふさまに息づみて、ひられんを期にひらせ給へ。いつもいつも、かくのみ息づみならひ候ひぬれば、おのづから晴れにては、『これは人前ぞかし』と思ふ心候ひて、いきづみ候ふまじければ、ひられ候はぬぞ。内々にて、よくよく((「よくよく」は底本「よくより」。諸本により訂正。))息づまれ候ひて、ひり尽くされ候ふべし」と言ひければ、「まことにやすき療治にこそ候ふなれ。すみやかにさして試み候ふべし」とて、やがてまかり出でて、教へつるがごとくにするに、いよいよならひになりて、ひりまさりければ、せんかたなくぞ侍りける。 比興の療治のしやうなりかし。 ===== 翻刻 ===== 同院にへひりの判官代といふ物ありけり後には宮 内大輔になりて侍しにやおさなくより不便の物にお ほしめしてちかくめしてつかひけるかへをひるより外/s428r の事なかりけり立にもひりゐるにもひりはたらく 拍子ことにひりけり態とせむとしもなかりけれと も病にてかく侍けるとかや上をはしめて皆ならひ にけれはおかしみわらふ事もなかりけり或日孝 道朝臣まいりたりけるに女院御けうかいに判官代 をめして仰られけるはあれにまいりたる物こそを のれかやまひをはよく療治する物にて侍なれあ ひてとへかしと仰られけれはいまたなれぬものにて候 いかか候へからんと申けるなにかはくるしからんとおほせ られけれははしりむかひてすすみいてていふやう返々 思かけぬ申事にては候へとも世にあさましき病を持/s428l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/428 て候をそれによく療治のやうをしらせ給たる由承 候間無礼をわすれてまいりて候といひけれは孝道朝 臣何事にか候といへはいとすすろきてとみにいひも いたさすとはかりありてへちの事には候はすへの いてひられ候へははれにてもえひかへ候はす御所にてもつ かうまつられ候へはかつはひむなきかたも候いかかつかう まつり候へきといひけれは孝道心はやき物にては やく人にけささせられにけりと心えてよにやすき 事に候薬も候やく所も候それもうるさく候にやす き療治には御宿所にいててしはしこれを大事/s429r とおもふさまにいきつみてひられんを期にひらせ 給へいつもいつもかくのみいきつみならひ候ぬれはをのつ からはれにてはこれは人まへそかしとおもふ心候てい きつみ候ましけれはひられ候はぬそ内々にてよく よりいきつまれ候てひりつくされ候へしといひけ れはまことにやすき療治にこそ候なれすみやかに さして心み候へしとてやかてまかりいててをしへつる かことくにするにいよいよならひになりてひりまさり けれはせんかたなくそ侍ける比興の療治のしやう なりかし/s429l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/429