[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五 ====== 529 松尾の神主頼安がもとにたつみの権守といふ翁ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 松尾((松尾大社))の神主頼安がもとに、たつみの権守といふ翁ありけり。わづかに田を持ちたりけるに、相論(さうろん)のことありて、六波羅にて問注すべきに定まりにけり。その日になりて出でてぬ。このぬしは猛(まう)にをこがましき者なりければ、「いかなることかし出でんずらむ」と、神主思ひゐたるに、晩頭にこの権守、神主が家の前を通りけり。 神主、呼び入れて、「いかに問注はしなしたるぞ。おぼつかなくて待ちゐたるに、などよそには過ぎ侍るぞ」と言ひければ、権守居直りて、過失なげなる気色にて、「なじかはつかうまつり損じ候ふべき。これほどに道理顕然のことなれば、一つ一つにつまびらかに申して候へば、敵(かたき)口を閉ぢて申す旨(むね)なく候ふ。これほどに心地よくつめ伏せけることこそ候はね。あはれ、聞かせ給ひて候はば、御感はかぶり候ひなまし。人々も耳を澄ましてこそ候ひつれ」と、扇開き使ひてゆゆしげに言ひければ、神主、うちうなづきて、「さては心やすく侍り。今はこと定まりぬれば、いかならん世までも、件(くだん)の田は相違あるまじ」など言へば、権守とりもあへず、「いや、田におきては、はやく取られぬ」と言ひたりけるをかしさこそ。 さては、さはなにごとをゆゆしく言ひたりけるにか。不思議のをこの者なり。 ===== 翻刻 ===== 松尾神主頼安かもとにたつみの権守といふ翁あり けりわつかに田を持たりけるに相論のことありて六波 羅にて問注すへきにさたまりにけり其日になりて いてぬ此ぬしはまうにおこかましき物なりけれはいかなる 事かしいてんすらむと神主思ゐたるに晩頭に/s420l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/420 此権守神主か家の前をとをりけり神主よひ 入ていかに問注はしなしたるそおほつかなくて待ゐ たるになとよそには過侍そといひけれは権守ゐ なをりて過失なけなる気色にてなしかはつかう まつりそんし候へき是程に道理顕然の事なれは 一々につまひらかに申て候へは敵口を閉て申旨なく候 是程に心ちよくつめふせける事こそ候はねあはれ きかせ給て候はは御感はかふり候なまし人々も耳 をすましてこそ候つれと扇ひらきつかひてゆゆし けにいひけれは神主うちうなつきてさては心やすく 侍り今は事さたまりぬれはいかならん世まても件/s421r 田は相違あるましなといへは権守とりもあへすいや田 におきてははやくとられぬといひたりけるをかし さこそさてはさはなにことをゆゆしくいひたりける にかふしきのおこの物也/s421l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/421