[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五
====== 527 坊門院に年ごろ召し使ふ蒔絵師ありけり・・・ ======
===== 校訂本文 =====
坊門院((高倉天皇皇女範子内親王))に年ごろ召し使ふ蒔絵師ありけり。仰せらるべきことありて、「きと参れ」と仰せられたりければ、あさましき大仮名にて、御返事申しける。
たたいまこもちをまきかけて候へはまきはて候ひてまいり候ふへし
と書きたりけり。
この文(ふみ)の言葉は悪しざまに読まれたり((「ただ今御物を蒔き果きかけて候へば、蒔き果て候ひて参り候ふべし」を、「ただ今子持ちを枕きかけて候へば、枕き果て候ひて参り候べし」と解釈された。))。「こは何事の申しやうぞ」とて、台所の沙汰しける女房、その文見さして投げたりけり((「けり」は底本「ける」。諸本により訂正。))。
これによりて、蒔絵師がもとへ重ねて、「いかにかやうなる狼藉の言葉をば申すぞ。ただ今のほどに、たしかに参れ」と仰せられければ、蒔絵師、あわてふためきて参りたりけるに、「この御返事のやう、いかなることぞ」とて見せられければ、「すべて申し過ごしたること候はず。『ただ今御物(ごもち)を蒔きかけて候へば、蒔き果て候ひて参り候ふべし』と書きて候へ」と申しければ、げにもさにてありけり。
仮名は読みなしといふこと、まことにをかしきことなり。
===== 翻刻 =====
坊門院に年比めしつかふ蒔絵師ありけり仰らるへき
事ありてきとまいれと仰られたりけれはあさまし
き大仮名にて御返事申ける
たたいまこもちをまきかけて候へはまきはて候て
まいり候へしとかきたりけり此ふみの詞はあし
さまによまれたりこは何事の申やうそとて台所
のさたしける女房其文見さしてなけたりける是に
よりて蒔絵師かもとへかさねていかにかやうなる狼藉/s419l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/419
のこと葉をは申そたたいまの程にたしかにまいれと
仰られけれは蒔絵師あはてふためきてまいりたり
けるに此御返事のやういかなる事そとて見せられけ
れはすへて申すこしたる事候はす只今御物を蒔かけ
て候へは蒔はて候てまいり候へしと書て候へと申
けれはけにもさにてありけり仮名はよみなしと
いふことまことにをかしき事也/s420r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/420