[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五
====== 525 一条の二位の入道のもとに下太友正といふ随身幼くより宮仕へけり・・・ ======
===== 校訂本文 =====
一条の二位の入道(能保)((藤原能保))のもとに、下太友正といふ随身、幼くより宮仕へけり。禅門((藤原能保))、天下執権の後、諸大夫・侍多く初参(しよさん)したりけるに、この友正、「われ一人こそ年ごろのものにては侍れ」とて、一座を責めけるを、傍輩(はうばい)ども憎むことかぎりなし。
さるほどに、その近辺に、ことなのめならず人食ふ犬ありけり。侍ども寄り合ひたりける時、「その((「その」は底本「そその」。諸本により訂正。))犬捕りてむや」と、何となく言ひ出だしたりけるに、友正、「やすく捕りてむ」と言ひけるを、傍輩ども、「よきついでにくはせん」と思ひて、みな一方になりて、あらがひてけり。
友正、言ふやう、「したためおほせたらば、殿原みな引出物を一つづつ友正に賜びて、はかりなきことをすべし。もし捕り得ぬものならば、友正、その定(ぢやう)にきらめくべし」と言ひかためてけり。
かくて友正、葛袴(くずばかま)にそばとりて、件(くだん)の犬の前を過ぎけるに、案のごとく犬走りかかりて、大口開きて食ひ付かんとするを、友正、拳(こぶし)を握りて、犬の口へ突き入れてければ、犬あへて食はず。いま片手にて髪束(かうづか)を取りて、死ぬばかり打ちてけり。その後、犬、人食ふことなくなりにけり。
あらがひつる侍ども、目もあやに覚えて、ゆゆしくことして引出物取らせけり。すべてあらかひ、をこのことなり。
===== 翻刻 =====
一条二位入道(能保)のもとに下太友正といふ随身おさ
なくより宮仕けり禅門天下執権の後諸大夫侍
おほく初参したりけるに此友正われ独こそ年
比のものにては侍れとて一座をせめけるを
傍輩ともにくむ事限なしさる程に其近辺に
ことなのめならす人くう犬ありけり侍とも寄合/s418r
たりける時そその犬とりてむやと何となくいひ
いたしたりけるに友正やすくとりてむといひける
を傍輩ともよき次にくはせんと思てみな一
方になりてあらかひてけり友正いふやうしたた
めおほせたらは殿原皆引出物を一つつ友正に
たひてはかりなき事をすへしもしとりえぬ
ものならは友正其定にきらめくへしといひかた
めてけりかくて友正くすはかまにそはとりて件
の犬の前をすきけるに案のことく犬はしりかか
りて大くちあきてくひつかんとするを友正こふ
しをにきりて犬の口へつき入てけれは犬あへて/s418l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/418
くはすいまかた手にてかうつかをとりて死ぬはかり
うちてけり其後犬人くう事なくなりにけり
あらかひつる侍ともめもあやにおほえてゆゆしく
ことして引出物とらせけりすへてあらかひおこの事也/419r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/419