[[index.html|古今著聞集]] 闘諍第二十四 ====== 504 静賢法印のもとに馬の允なにがしとかやゆゆしく力強くかなけある男ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 静賢法印のもとに馬の允(じよう)なにがしとかや、ゆゆしく力強く((「強く」は底本「つより」。諸本により訂正。))、かなけある男ありけり。 ある時、こともあらぬ小冠(こくわん)と双六を打ちけるほどに、口論押し上がりて、この小冠を引き寄せて、臍(へそ)の下(しも)を突きてけり。柄口(つかくち)まで突きたりければ、息ごとすべくもなかりけるに、小冠、少しも驚きたる気色もなく、やがて敵(かたき)にしがみつきて、刀を奪ひ取りて、さしも大力の大男を押し伏せて、上に乗らへて、刀をさし当てて、すでに殺してんとしけるが、いかが((底本「いかが」なし。諸本により補う。))思ひけむ。まづ、わが腹をかき出だして((「出だして」は底本「いたてして」。諸本により訂正))疵(きず)を見て言ふやう、「なんぢ、これほどになりたれば、害せむこととどこほりあるべからず。ただし、わが疵痛手にて、必ず死すべき身なり。功徳になんぢが命助けむ。最後に罪作りてよしなし」と言ひて、ことなくて下りぬ。さて、法印の前に行きて、「かかることこそ候ひつれ」とて、ことの次第始めより申して、やがて倒(たふ)れ伏して死にけり。ゆゆしかりける剛(かう)の者なりかし。 敵(かたき)の男、日ごろ大力の者とて人に怖ぢられつれども、さばかりの小冠を敵に得て、突き殺したるだに思はずなるに、果てにはへし伏せられて、刀奪ひ取られて、すでに害されぬべかりけるが、慈悲に住して許されにける((「にける」は底本「とける」。諸本により訂正。))、日ごろの剛の者のおぼえ、何の益(やく)か侍るや。 かの男、このことを悔ひて死にたる((「たる」は底本「たり」。諸本により訂正。))小冠が父のもとに行きて言ひけるは、われかかる誤りをつかうまつりて侍り。すで殺されぬべかりつるを、しかじかのたまひて、命をば許し給へるなり。このこと悔いても余りあり。かの怨敵(をんき)なれば、はやくいかにもし給ふべし」と言ひけるを、父聞きて、「思ふやうありてこそ、さやうにもゆるし申しけめ。なんぢを殺したりとても、わが子生き帰りて来まじ」とて、ともかくもせざりけり。その時この男、やがて外にて髻(もとどり)切りて、かの父に取らせて、「高野へ」とてぞ行きける。 人を害すほどにては、このやうもまた、しかるべからず。ことにおきて不覚なりける男なり。さりながら、一旦も発心して、頭(かしら)を剃りて高野にこもりにけるこそ、先世の善知識なれ。 ===== 翻刻 ===== 静賢法印のもとに馬允なにかしとかやゆゆしく力つ よりかなるけある男ありけり或時こともあらぬ小冠 と双六をうちける程に口論をしあかりて此小冠を 引よせてへそのしもをつきてけりつかくちまて つきたりけれはいきことすへくもなかりけるに 小冠すこしもおとろきたるけしきもなくやかて/s404r かたきにしかみつきて刀をうはひとりてさしも 大力の大男ををしふせてうへにのらへて刀をさし あててすてにころしてんとしけるか思けむまつ わか腹をかきいたてしてきすを見ていふやう汝 これほとになりたれは害せむ事ととこほりある へからす但わか疵いたてにてかならす死へき身也 功徳に汝か命たすけむ最後に罪つくりてよし なしといひて事なくておりぬさて法印の前 に行てかかることこそ候つれとて事の次第はし めより申てやかてたふれふして死にけりゆゆし かりけるかうの物也かしかたきの男日比大力の者/s404l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/404 とて人におちられつれともさはかりの小冠をかた きにえてつきころしたるたにおもはすなるに はてにはへしふせられて刀うはひとられてすてに 害されぬへかりけるか慈悲に住してゆるされとける 日比のかうの物のおほえ何のやくか侍や彼男此 事をくひて死たり小冠か父のもとに行ていひ けるはわれかかるあやまりを仕て侍り既にころ されぬへかりつるをしかしかのたまひて命をはゆる したまへる也此事悔てもあまりあり彼怨敵 なれははやくいかにもし給へしといひけるを父 ききて思やうありてこそさやうにもゆるし申けめ/s405r 汝をころしたりとてもわか子いき帰てくましとて ともかくもせさりけり其時此男やかてそとにて もととりきりて彼父にとらせて高野へとてそ行 ける人を害す程にては此やうも又しかるへからす事に おきてふかくなりける男也さりなから一旦も発心 してかしらをそりて高野にこもりにけるこそ 先世の善知識なれ/s405l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/405