[[index.html|古今著聞集]] 偸盗第十九 ====== 436 後鳥羽院の御時交野八郎といふ強盗の張本ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 後鳥羽院((後鳥羽上皇))の御時、交野八郎といふ強盗の張本ありけり。今津に宿りたるよし聞こし召して、西面の輩(ともがら)をつかはして、搦(から)め召されける時、やがて御幸なりて、御舟に召して御覧ぜられけり。 かの奴(やつ)は究竟(くつきやう)の者にて、搦手(からめて)四方をまきて責むるに、とかく((「とかく」は底本「とて」。諸本により訂正。))ちがひて、いかにも搦められず。御舟より、上皇みづから櫂(かい)を取らせ給ひて、御おきて((「おきて」は底本「せきて」。諸本により訂正。))ありけり。その時すなはち搦められにけり。 水無瀬殿へ参りたりけるに、召しすゑて、「いかに汝(なんぢ)ほどの奴は、これほどやすくは搦められたるぞ」と御尋ねありければ、八郎申しけるは、「年ごろ、搦手向ひ候ふこと、その数を知らず候ふ。山にこもり((「こもり」は底本「こもる」。諸本により訂正。))水に入りて、すべて人を近付けず候ふ。このたびも、西面の人々向ひて候ひつるほどは、ものの数とも覚えず候ひつるが、御幸ならせおはしまし候ひて、御みづから御おきての候ひつることかたじけなく、申し上ぐべきには候はねども、舟の櫂ははしたなく重きものにて候ふを、扇などを持たせおはしまして候ふやうに、御片手に取らせおはしまして、やすやすととかく御おきて候ひつるを、ちと((「ちと」は底本「ひと」。諸本により訂正。))見参らせ候ひつるより、運尽き果て候ひて、力弱々(よわよわ)と覚え候ひて、いかにも逃るべくも覚え候はで、搦められ候ひぬるに候ふ」と申したりければ、御気色悪しくもなくて、「おのれ召し使ふべきなり」とて許されて、御中間(ごちゆうげん)になされにけり。 御幸の時は、烏帽子かけして、括(くくり)高く上げて走りければ、興あることになん思し召されたりけり。 ===== 翻刻 ===== 後鳥羽院御時交野八郎といふ強盗の張本 ありけり今津に宿たるよしきこししめして西面 の輩をつかはしてからめ召れける時やかて御幸 なりて御舟にめして御らんせられけりかのやつは究 竟の物にてからめて四方をまきてせむるにとて ちかひていかにもからめられす御舟より上皇身つ からかいをとらせ給て御せきてありけりそのとき/s334r 則からめられにけり水無瀬殿へまいりたりけるに めしすへていかに汝ほとのやつはこれ程やすくは 搦られたるそと御尋ありけれは八郎申けるは 年来搦手むかひ候こと其数をしらす候山にこもる 水に入てすへて人をちかつけす候このたひも西 面の人々向て候つる程は物の数ともおほえす候 つるか御幸ならせをはしまし候て御みつから御をきて の候つる事かたしけなく申あくへきには候はねとも舟 のかいははしたなくおもき物にて候を扇なとをもた せおはしまして候やうに御片手にとらせおはしま してやすやすととかく御をきて候つるをひとみまい http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/334 らせ候つるより運つきはて候て力よはよはと覚 候ていかにものかるへくもおほえ候はてからめられ候ぬる に候と申たりけれは御気色あしくもなくておの れめしつかふへきなりとてゆるされて御中間に なされにけり御幸の時は烏帽子かけしてくくり たかくあけてはしりけれは興あることにな んおほしめされたりけり/s335r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/335