[[index.html|古今著聞集]] 管絃歌舞第七 ====== 271 大神元政多近方がもとへ早朝に来たれることありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 大神元政、多近方がもとへ早朝に来たれることありけり。近方、急ぎ出で合ひたりけり。元政、「八幡((石清水八幡宮))へまかる使に、きと申すべきことありて詣でたる」と言ひければ、しばらくとどめて、盃酌(はいしやく)など勧めけるに、元政いはく、「八幡へはまかり侍らず。今日は元賢((大神元賢))に狛笛(こまぶえ)吹かせん料に((「料に」は底本「れうり」。諸本により訂正。))参れるなり。百十の秘事を教へたりといふとも、舞人の御心にかなはざらむ笛吹(ふえふき)、何にてもあるまじ。元政年たけて、命、今日明日とも知らず。しかれば、これを聞かせ申さんと思ひて、今日は具して参れり。大事ありとも、たがはずして聞き給へ」と言ひければ、近方興に入りて、成方((多成方))ならびに近久((多近久))がいまだ小童にてありけるを呼び出だして、舞はせて笛を聞きけり。終日吹かせて、拍子をあぐる所のことをしたためき。近方、ことに感じ申しけり。元政、涙を流して悦ぶことかぎりなし。 さて、元政いはく、「右の楽は今日したたまりぬ。秘曲をばみな伝へ教へ候ひし。この上おのづから不審ならむことをば、妹の女房に言ひ合はすべし」とぞ言ひける。 件(くだん)の妹は、女房ながら元政に劣らぬ者なり。安井の尼((「尼」は底本「左」。諸本により訂正。))とぞいひける。夕霧がことか。 ===== 翻刻 ===== 大神元政多近方かもとへ早朝に来れる事ありけり近 方いそき出合たりけり元政八幡へまかる使にきと申 へき事ありてまうてたるといひけれはしはらくととめて 盃酌なとすすめけるに元政云八幡へはまかり侍らすけふは/s183r 元賢に狛笛ふかせんれうりまいれるなり百十の秘事 をおしへたりといふとも舞人の御心にかなはさらむ笛吹何 にてもあるまし元政年たけて命けふあすともしらすしかれは これをきかせ申さんと思てけふはくして参れり大事あ りともたかはすして聞給へといひけれは近方興に入て 成方并近久かいまた小童にてありけるをよひいたして 舞せて笛をききけり終日ふかせて拍子をあくる所の 事をしたためき近方ことに感申けり元政涙をなかし て悦事かきりなしさて元政云右の楽はけふしたたまり ぬ秘曲をはみな伝教候しこのうへおのつから不審なら む事をはいもうとの女房にいひあはすへしとそいひける/s183l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/183 件の妹は女房なから元政におとらぬ物也安井の左と そいひける夕霧事歟/s184r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/184