[[index.html|古今著聞集]] 管絃歌舞第七
====== 266 侍従大納言雲林院にて鞠を蹴られけるに雨にはかに降りたりければ・・・ ======
===== 校訂本文 =====
侍従大納言(成通)((藤原成通))、雲林院にて鞠を蹴られけるに、雨にはかに降りたりければ、階隠(はしかくし)の間に立ち入りて、階(はし)に尻をかけて、しばし晴れ間を待たれけるほど、
雨降れば軒の玉水つぶつぶと言はばや物を心ゆくまで
といふ神歌を口ずさまれけるほどに、格子の中より押し上げて、女房の声にて、「このほど、これに候ふ人の、物の気((「物怪」に同じ。底本「物の物の気」。諸本により訂正。))をわづらひ候ふが、ただ今の御声を承りて、あくびて気色変はりて見え候ふに、今少し候ひなんや」と勧めければ、沓を脱ぎて、堂の中に入りて、几帳(きちやう)の外にゐて、
いづれの仏の願よりも
千手の誓ひぞ頼もしき
枯れたる草木もたちまちに
花咲き実なると説きたれば
といふ句を、とり返しとり返し歌ひて、また、
薬師の十二の誓願は
衆病悉除ぞ頼もしき
一経其耳(いつきやうごに)はさておきつ
皆令満足(かいりやうまんぞく)すぐれたり
これらを歌はれけるに、物の気わたりて、やうやうのことども言ひて、その病やみにけり。
必ず法験ならねども、通ぜる((「通ぜる」は底本「道せる」。諸本により訂正。))人の芸には、霊病も恐れをなすにこそ。
===== 翻刻 =====
侍従大納言(成通)雲林院にて鞠を蹴られけるに雨俄に/s181r
ふりたりけれは階隠の間に立入て階にしりをかけてし
はしはれまをまたれける程
雨ふれは軒の玉水つふつふといははや物を心ゆくまてと
いふ神哥を口すさまれける程に格子の中よりおしあけ
て女房の声にてこの程これに候人の物の物の気をわ
つらひ候かたたいまの御こゑをうけ給てあくひてけしき
かはりて見え候にいますこし候なんやとすすめけれは
沓をぬきて堂の中に入て几帳の外にゐて
いつれの仏の願よりも千手のちかひそたのもしき
かれたる草木もたちまちに花さきみなるとときたれ
はといふ句をとり返しとり返しうたひて又/s181l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/181
薬師の十二の誓願は衆病悉除そたのもしき一経
其耳はさておきつ皆令満足すくれたり
これらをうたはれけるに物のけわたりてやうやうの事
ともいひてその病やみにけりかならす法験ならねとも道
せる人の藝には霊病も恐をなすにこそ/s182r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/182