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- 巻9第8話(118) 江口遊女事
- 年もたけ侍りぬれば、ふつにそのわざをし侍らぬなり。同じ野寺の鐘なれども、夕はものの悲しくて、そぞろに涙にくらされて侍り。『このかりそめの憂き世には、いつまでかあらんずらん』と、あぢきなく思え、暁には心の... て、思ひなれにし世の中とて、雪山の鳥の心地して、今までつれなくてやみぬる悲さ」とて、しやくりもあへず泣くめり。 このこと聞くに、あはれにありがたく思へて、墨染の袖、しぼりかねて侍りき。夜明け侍りしかば、名残りは思え侍れど、再会を契りて別れ侍りぬ。 さて、帰る道すがら、貴く思えて、いくたびか涙を落しけん、今さら心を動かして、草木を見るにつけても、かきくらさるる心地し侍り。「狂言綺語の戯れ、讃... きて、またかく、 髪おろし衣の色は染めぬるになほつれなきは心なりけり と書きて、たま侍りき。涙、そぞろにもろくて、袂に受けかねて侍りけり。さも、いみじかりける遊女にてぞ侍りける。 さやうの遊び
- 巻9第9話(119) 三条北方御仏事
- かじ、はや歎きの心を改めて、ひとへに作善を励まん と侍るを、導師、読み上げらるるにより、雨しづくと泣きさまたれ侍り。簾内・簾外、心あるも、心なきも、涙にくれふたがり侍り。 導師、ややしばらく経て、涙押しのごいて、ほの伝へ承はる。この御諷誦の施主は、御年十歳(いそぢ)余りとかや。いつしか内外の才智いまして、和漢の風儀に達し給へること、いかに三世の仏も、『あはれ』とみそなはし、亡魂も、『かなし』と思すらん」とのたまふに、「げにも」と思えて、涙を流し侍りき。 額に渭浜の波をたたみ、眉に((底本「に」なし。諸本により補う。))商山の霜をたれて... られ侍り其詞云 母儀去て後年をかそふれは三とせに及ひ日をつら ぬれは一千日になんなんとす悲の涙袂にととめかねて 色の帯已にすすかれ又何の年か歎はるること あらん何の月にか思おこたることあ
- 巻9第6話(116) 道希法師事
- そを閉ぢて、虫、声々に悲しみ、松風、すさまじく吹き、うづら、ひめむすにに鳴く。荒れたるさまを見るに、涙、袂をうるほす。 やうやく、たづね入りて見るに、道希の身まかりて、漢字の経ばかり残りけるを見侍りけるに、そぞろに悲しく思えて、泣く泣く漢字の経を取りて、唐土(もろこし)に渡し侍りけり。 まことにあはれにぞ侍るめる。流砂等の道の嶮難をしのぎ、虎狼の輩(やから)の害をのがれて渡天し給ひしかば、「さりとも」とこそ思ひ侍りしに、さはは... えす秋の草とほそを閉て虫声 声にかなしみ松風冷く吹うつらひめむすにになく あれたる様を見るに涙袂をうるほすやうやく尋 入てみるに道希の身まかりて漢字の経はかり残 りけるを見侍りけるにそそ
- 巻9第5話(115) 馬頭顕長発心
- 。諸本により補う。))あでやかなる僧になり給ひにければ、なかなか、とかくのこと仰せらるるに及ばず、御涙、さらにせきあへさせ給はず。近く侍りける人々、あるいは、座を立ちて声をあげて叫び、あるいは、面(おもて)を壁に向け、あるいは、直衣の袖を顔にあて、泣きあひ給ひしわざ、げに理(ことわり)に侍り。 やや程へて、大殿、泣く泣くのたまはせ侍りけるは、「『かくばかり思ひとるべし』とは思はざりき。凡夫ほど口惜しきことはなかりけり。『かからまし』とだに知らましかば、われ、あながちにいさめましや。これは、されば夢かとよ」と、悶(もだ)えさせ給へるに、この新発も、涙せきかねて、とかくもののたまはすることなし。 「今はいふかひなし。さても、名をば何とかいふ」と問は
- 巻9第4話(114) 観理大徳事
- 「絶え絶えしさ」は、底本「たえしさ」。諸本により補う。))に、生ける心地もせで、朝夕は音(ね)をのみ泣きて侍りけり。 この子、十一といふ年((底本「年」なし。諸本により補う。))、母に言ふやう、「絶え... ざは、まことに心苦しく侍れども、さればとて、また、命を無きものになすべきにあらず」なんど、ねんごろに涙もせきあへず聞こえ侍れば、この子も、もろともに涙を流し侍りけり。 さて、この子、常に仏の御前に、心を澄まして、「母の孝養するほどの果報、与へ給へ」と祈りおこたり侍らぬことを三世(みよ)の仏たちの、「あ
- 巻7第15話(75) 伊勢国尼事
- らば、そぞろなること言ひて、本意(ほい)ならぬことも侍るべし。されば、わざと身をやつすに侍り。つねに涙のこぼるることは、生死の恐しさに、いかがと思えて、泣かるるに侍り」と言ひけり。 まことに、夜昼、念仏の声おこたること侍らねば、人々も、「後世者にこそ」... この尼の往生をとげざるべき。生死をえて((鈴鹿本・静嘉堂文庫本「おそれて」、書陵部本「思ひて」))、涙を流し、弥陀を信じて、宝号おこたり侍らざりけんこと、げにげにゆゆしき心とぞ思え侍りし。これを聞くにも
- 巻7第14話(74) 北国修行時見人助
- ん』と思へども、かなはで日影もかたぶけば、羊の歩みの近づく心地して、そばにて、いと悲しく侍り」とて、涙もせきあへねば、この男も、「今日一日の道のほどばかりのなじみに、これほどまて思ひ給ふらむことの忘れがたさ、いかなる世にか報じ参らせん」とて、泣くめり。ことのさま、あはれなるままに、誰も袂をしぼりて、聞こゆることもなく、三人泣き居たり。 さても、あるべきことならねば、この山伏の、筁の中にこの人を隠し入れて、二人うちともなひて、道を過ぎ侍るに、... の程はかりのなしみに是程まておもひ 給ふらむことの忘かたさいかなる世にか報しま いらせんとて泣めり事のさま哀なるままに/k223l 誰も袂をしほりて聞こゆることもなく三人な きゐたりさ
- 巻7第9話(69) 義量召仕法師事
- けるにや、かき消すごとくに失せ侍りぬ。主をはじめて、ありとある人、「さも思はしかりつるものを」とて、泣き悲しみけれども、さらにかひなし。 さて、かの住みつる所を開けて見れば、まことにめでたき手跡にて、... は底本「勧」。諸本により訂正。))の日記にて侍りける。これを見るに、いよいよかきくらさるる心地して、涙を流さぬ人は侍らざりけり。 誰といふ智者の、徳を隠して((「隠して」は底本「なかして」。諸本により... けるにやかき けすことくにうせ侍りぬあるしをはしめてあり とある人さも思はしかりつる物をとて泣かなし みけれとも更かひなしさてかの住つる所をあ/k214r けてみれは誠に目出手跡にて日
- 巻7第3話(63) 相模国大庭僧事
- 念仏を申させけるとかや。 この聖のありさま、よろづにつけて哀れみの深くて、苦の多き有情の類を見ては涙を流されければ、目はいつも泣き腫れ、袂は干る間もなかりけるとかや。 かくて、さすらへおはしけるが、過ぎにし延久のころ、かの庵に... さま、『拾遺伝((一般に『拾遺往生伝』を指すが、この説話はない。))』に載せたりしを披見せしに、多く涙を流しき。座禅の床の上にては、眠をしのぎて飢ゑを忘れ、大悲の室の中には、闡提の誓ひとこしなへなりと侍
- 巻6第9話(57) 恵遠法師事(廬山)
- にはかなくなりぬ。ゆめゆめ歎き給ふべからず」と言ひおこしたり。父母、あさましなどはいふもおろかなり。涙にくれふたがりて、とかく返事するにも及ばず、まことに悲しげなるありさまにて侍り。泣く泣く、力なきよしを返事してけり。日数むなしく経れども、歎きははるる末もなく侍りけり。 さりとても、ま... て、呼び寄せたり。八にぞなりけり。乳母(めのと)、「ただわが命を失なひてのち、いづちへもやり給へ」と泣きこがれけれども、かひなし。つひに恵覚の使にうちそへて、またやりぬ。やりてのちは、「またいつか、『う... に生れ、父母は西方の往生をとげけりと、漢の『明記』に載せたり。かの記を見しに、この所にいたりて、ただ涙落しき。二人の子にもこりもせで、三人までやりける心のたけさは、はかりていふべきにもあらず。当世には、... は都率の内院に生れ父母は西方の 往生を遂けりと漢の明記にのせたり彼 記をみしに此所に至てたた涙おとしき 二りの子にもこりもせて三人迄やりける 心のたけさははかりていふへきにもあらす当
- 巻6第8話(56) 佐野渡聖事
- 秋風待たで誰に貸さまし 荻の花の戸には、 夕されば籬(まがき)の荻に吹く風の目に見ぬ秋を知る涙かな 女郎花の咲けるには をみなへし植ゑし籬(まがき)の秋の色花をしろたへの露ぞかはらぬ ... ごとを問ひしかども、つひにものものたまはざりき。 さるほどに、日もかたぶけば、名残はつきせねども、泣く泣く別れて、まかり侍りしが、結縁せまほしくて、麻の衣を脱ぎて、かの庵(いほ)に置きて出で侍りき。 かくて、西の方へ歩み出でたれば、まことにけはしき山あり。山水清く流れて、岩のありさま見る目めづらかに... に取り付きてをめけども、かひぞ侍らぬ。 また、「山かげに住み給へる人は、いかがおはする」と思ひて、泣く泣く走り行きて見侍れば、首前にかたぶきて居給へり。 さて、あるべきに侍らねば、「煙となし奉らん」
- 巻6第5話(53) ※前話のつづき
- をとり侍りき。 「今の別れはまことに悲しく侍れども、一仏浄土の再会はさりとも」と、心をやり侍りて、涙をおさへて、最後の山送りして、泣く泣く煙となし、骨を拾い取りて、「高野に」と心ざし侍りき。 そのいとなみし、侍りし、をりふし、花山院中... 申さまほしくて((「まほしくて」は底本「はほしくて」。諸本により訂正。))、参りて「かく」と申すに、涙にくれ給ひて、「この春、東山の花見にともなひ給へりしことの、最後の対面にありけるぞや」とて、 ... いほりに尋行て見侍れは事の外におとろへ てはかはかしく物もいひやらぬ我をうちみて嬉し くとて涙くみし事の哀に覚侍てそそ ろに泪を落し侍き閑居のつれつれをは我こそ なくさめ申にそこのひとり... 向て念仏して終り をとり侍き今の別は実にかなしく侍れ共一仏 浄土の再会はさり共と心をやり侍て涙を おさへて最後の山送して泣々煙となし骨を ひろいとりて高野にと心さし侍き其いとな みし
- 巻5第8話(41) 勝円僧正事
- るに、うばら足にかかり、おどろ身をまとふ。「かかる所には、さて、何者なればあるらむ」と思えて、いとど涙ぞもれ出で侍りける。 からくして降りたれば、筵の破れたるを、わづかに腹ばかりに宛てて、もの言はず泣きけり。阿闍梨、手を取りて、「いかに、いかに」とのたまはするに、「この上の房の際(きわ)に寝ねて侍りつ... 寄らず。帰り給ひなば、長き恨みにし侍るべし」と言へば、「さこそ、心弱く思ふらめ」と思ひて、かたはらに泣きおはするほどに、はや山の端(は)白みて、寺々の鐘の音も聞こえけり。 この乞食、「さらば、われを負... 奉り侍る十一面観音に、わが小袖を着せ奉りてけり。「こはいかに」と思ふほどに、目もくれて、手を合はせ、涙を流して、尊容をいだき奉りてけり。所は山の麓(ふもと)とこそ思ひしに、わが住所にて侍りけり。やがて、
- 巻4第7話(32) 明雲僧正庵室(淡路国)
- 室也」と書かれ侍り。「さては、この所に住み給ふ世のおはしけるよ」と、あはれにかしこく思えて、そぞろに涙の落ち侍りき。 「いまだ、この所を出で給はざりければこそ、硯・袈裟をば残し置きていまそかるらめ」と... )を離れて、かくて侍らんとこそ、思ひとりたれ」とのたまひ侍りしに、御返事、申すまでにも及ばず、随喜の涙せきかねて侍り。その夜は、御庵のかたはらに侍りて、何となく述懐((「述懐」は底本「木懐」。諸本により訂正))ども申し出でて、互ひに袖をしぼりて、さて、あるべきにも侍らざりしかば、泣く泣く別れ奉りき。 公家にも用ゐられ、寺にも重くし奉り、よろづ執務していまそかりしかば、「さきらはいまそかりとも、おほかたにてこそいまそかるらめ。わきて身にしむまでは、後の世のこと、思し入れ給はじ」と
- 巻4第6話(30) 慶縁事
- ることにか侍りけん」と尋ね奉りしかば、「さることあり。さて、会ひ奉り給ひけるにこそ」とて、雨しづくと泣き臥し給へり。 ややしばらくありて、涙のごひなどし給ひて、「大臣得業慶縁とて、東南院の遺弟、久我大臣の御子に侍り。年はいまだいとけなくいまそかりしかども、いつしか内外の才知ほがらかにして、花実そなはり